―待ち合わせは、                   名前を忘れた恋の先で―

第18章|君が待ってた、130段の階段

次に連れて来られたのは、川沿いの静かな道にある長い階段だった。
上を見上げると、延々と続く130段の石段。
その先には、青く澄んだ空が広がっていた。

「……ここも、思い出の場所だったんだ」

「うん。ここも、紬とオレの“場所”だった」

彼は階段のふもとに立って、懐かしそうに笑った。

「放課後、この階段の一番下で、紬と待ち合わせしてたんだ。
“バレないように”って、みんなとは別の道でね」

私は、階段の端にある小さな影に目をやる。

「……この角、よく隠れてた」

「そう。
オレはいつもそこに隠れてて、
紬が来たら『わっ』て驚かしてたんだよ」

彼が楽しそうに話すその情景を、
私は思い描こうとするけど──
やっぱり、そこにいる“私”の姿は浮かんでこなかった。

それでも不思議と、階段の風や空気に、
胸の奥がきゅっとする。

「……そのあと、ふたりでこの階段をのぼって、
他愛もない話しながら帰ったんだ」

「そっか……」

私は、小さく返事をしながら、一段、一段と階段をのぼり始めた。

大翔くんも隣に立ち、足並みを揃える。

「……ねぇ、
そのときの私は、どんな顔してたの?」

「うーん……」

彼は少し考えるふりをして、照れたように笑った。

「“楽しいけど、なるべく顔には出さない”って感じかな。
でも目の奥が、ちゃんと笑ってた」

私は思わず吹き出してしまう。

「なにそれ、ちょっとわかる気がする」

ふたりで笑いながら、階段のてっぺんにたどり着いた。

見下ろすと、足元には静かな街並みと、
さっきまでの自分たちの足跡が並んでいた。

「……思い出せないけど、
でも、たしかに“何か”あったんだなって、
ここに来るとわかるよ」

「それだけで、充分だよ。
紬が、またここに立ってくれたことが、嬉しいから」

私は、青い空の下で小さく頷いた。

──たしかに、ここに“誰かを待っていた自分”がいた気がした。
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