―待ち合わせは、 名前を忘れた恋の先で―
第5章|行けなかった応援席
高校3年生の夏。
最後の大会を前に、校庭では毎日のように野球部が練習に励んでいた。
「……なあ、来てくれない?」
ある日の放課後、昇降口の裏でこっそり会ったとき。
高瀬くんは、汗で少し額に髪を貼りつかせたまま、真剣な目で私を見て言った。
「おれの最後の試合。応援、来てくれたら嬉しい」
胸がぎゅっとなる。
すぐに頷けたらよかったのに、私は目を伏せてしまった。
「……無理だよ。バレたら……怒られる」
誰に?と聞かれても、はっきりとは答えられなかった。
両親にも、周囲にも──
私たちが付き合っていることが知られるのが、ただ怖かった。
高瀬くんは何も言わず、ただ静かにうなずいた。
でも、その夜。
私は部屋の机の前で、ずっと悩んでいた。
あのときの真っ直ぐな目が、どうしても頭から離れなかった。
「……バレても、いいのかも」
そうつぶやいたとき、私の中で何かが決まった。
「行こう」
試合は、明日だった。
だけど、その「明日」は、来なかった──
翌朝。
教室に一番乗りで来ていた私に、女子グループのひとりが話しかけてきた。
「ねえ、ちょっと……教室にあるファイル、階段の踊り場に落ちてたんだけど、あんたのじゃない?」
「え……?」
違和感を覚えながらも言われるままに後をついて行った。
そして──
階段の踊り場。
次の瞬間、背中を強く押された。
視界が、回る。
重力が引きずり込む。
誰かの叫び声。
痛みよりも先に、意識が途切れていった。
目を覚ましたとき、病院の天井が見えた。
頭に包帯。腕には点滴。
声が、遠い。
誰の顔も、名前も──思い出せなかった。
特に、“あの人”のことだけが、まるごと抜け落ちていた。
最後の大会を前に、校庭では毎日のように野球部が練習に励んでいた。
「……なあ、来てくれない?」
ある日の放課後、昇降口の裏でこっそり会ったとき。
高瀬くんは、汗で少し額に髪を貼りつかせたまま、真剣な目で私を見て言った。
「おれの最後の試合。応援、来てくれたら嬉しい」
胸がぎゅっとなる。
すぐに頷けたらよかったのに、私は目を伏せてしまった。
「……無理だよ。バレたら……怒られる」
誰に?と聞かれても、はっきりとは答えられなかった。
両親にも、周囲にも──
私たちが付き合っていることが知られるのが、ただ怖かった。
高瀬くんは何も言わず、ただ静かにうなずいた。
でも、その夜。
私は部屋の机の前で、ずっと悩んでいた。
あのときの真っ直ぐな目が、どうしても頭から離れなかった。
「……バレても、いいのかも」
そうつぶやいたとき、私の中で何かが決まった。
「行こう」
試合は、明日だった。
だけど、その「明日」は、来なかった──
翌朝。
教室に一番乗りで来ていた私に、女子グループのひとりが話しかけてきた。
「ねえ、ちょっと……教室にあるファイル、階段の踊り場に落ちてたんだけど、あんたのじゃない?」
「え……?」
違和感を覚えながらも言われるままに後をついて行った。
そして──
階段の踊り場。
次の瞬間、背中を強く押された。
視界が、回る。
重力が引きずり込む。
誰かの叫び声。
痛みよりも先に、意識が途切れていった。
目を覚ましたとき、病院の天井が見えた。
頭に包帯。腕には点滴。
声が、遠い。
誰の顔も、名前も──思い出せなかった。
特に、“あの人”のことだけが、まるごと抜け落ちていた。