陽だまりのエール
「お、ボスのお出ましだ」
「陽希、後ろは任せて!」
「了解。行くよ」
二人並んでソファに座り、テレビ画面を注視したまま言葉を交わす。
大きな画面に広がるのは、壮麗でダイナミックなグラフィック映像だ。
その中で、次々に出現する敵に挑む、それぞれが選んだ二人のキャラクター。
コントローラーの操作性もスムーズで、キャラクターの動きも繊細だ。
前方から現れたステージのラスボス決戦は任せ、私が後方援護に徹していると、まるで、本当に陽希が目の前で戦っているような錯覚を覚える。
あくまでゲームの協力プレイなのに、守ってもらってるみたい……。
「紬、上!」
「え? あっ……」
ついつい陽希が操作するキャラクターに見入ってしまい、一瞬コントローラーを持つ手が止まっていた。
注意されてハッとすると、私のキャラクターの上方から、大きなユニコーンの姿をした敵が襲いかかってくるところだった。
「わっ……」
「紬、伏せろっ」
陽希の短い声に、かろうじて指が反応する。
テレビ画面では、地面にしゃがみ込んだ『私』の前に立ち塞がった『陽希』が、真っ赤な炎を発する技を発動させ、敵を撃破していた。
と同時に、ステージクリアとなった。
「ふー……危機一髪」
「ご、ごめん陽希。油断した」
「珍しいね。ドンマイ」
汗を拭う仕草を見せる陽希に謝ると、彼はステージリザルト画面を眺めたままで返事をしてくれた。
「前作よりスケール増してるね。前評判よかっただけあるかな」
満足げに頷きながら、ローテーブルから缶ビールを手に取る。
一気に三口飲んで息をつく彼を、私は黙って横から見つめた。
「二時間くらい熱中してたのか。ちょうどステージクリアしたし、今夜は終わりにする?」
陽希は壁の時計を見遣ってそう言いながらーー。
「……紬?」
私の視線に気づいたのか、怪訝そうに首を傾げる。
「どうした? 疲れた?」
「え? う、ううん。なんでもない」
私は慌てて誤魔化し笑いで返し、なんとなく間隔を開けて座り直した。
「そう?」
「うん。今日は土曜日だし、もうちょっとやろうよ! ……あ」
勢いよく提案した後、すぐに思い出す。
「ごめん。陽希は明日も仕事?」
「ぶぶっ……なにを今さら、しおらしい気遣い。明日は午後からだから、多少は夜更かし付き合えるよ」
吹き出し、明るく笑う彼に、私もホッとする。
「よかった。それじゃ、もうワンステージクリアまでやろうよ!」
「もうワンステージって……結構無茶するね」
「だって急がないと。二人でコンプできないかもしれな……」
苦笑いに転じた陽希に即答しかけて、私はハッと口を噤んだ。
ーー完全に失言だった。
『二人でコンプできない』なんて、ルームシェア解消が前提にあるような言い方だ。
一緒に渡英しようと言ってくれた陽希を、私は日本から送り出すつもりでいる……そうじゃないと出てこない言葉だった。
陽希もそこに気づいてしまったのか、ぴたりと動きを止めて固まっていた。
私たちの間に、一瞬微妙な沈黙が漂ったけれど。
「……うん。そうだね」
陽希が目を伏せ、相槌を打った。
「ルームシェアが終わるなら、叶わない」
「っ、はる……」
「だから、一緒に来てほしいって言った」
私の呼びかけを遮ってコントローラーを膝に置き、先ほどまでとは一転して、真剣な眼差しを私にまっすぐ向けてくる。
意図せず、私の喉が鳴った。
「で、でも」
見つめられると苦しくて、彼の視線から逃げながら顔を伏せる。
「一緒に行く、だから結婚って……それだけで決めていいものなの……?」
自信なく、それでもなんとか疑問を口にしたものの、ずっと消えない戸惑いのせいで、最後は力なく消え入った。
彼の反応を確認するのが怖くて、俯いたまま口を噤むと、微かな溜め息が降ってきた。
「俺がなにを考えてそう言ったか、信用ならないってことか」
「っ。陽希、そうじゃなくて……」
「はっきり言葉にして態度で示せば、信用できる?」
失望したような口調に慌てて顔を上げた途端、一瞬前より鋭い瞳に射貫かれる。
「俺は、紬が好きだよ」
告げられたのは、シンプルな言葉。
低く静かな声なのに、今まで彼から感じたことのない熱っぽさがあって、私の心臓が騒ぎ出す。
形容しがたい迫力に気圧されて言葉を返せずにいると、陽希はソファに手をつき、こちらに身を乗り出してきた。
視界全部が陽希の顔で覆われて、今までにないほど距離が狭まっていることを自覚できた。
彼がなにをしようとしているか察せられーー。
「っ……陽希っ……!」
私はとっさに顎を引き、彼との間隔を保ちながら、両手で逞しい胸を突き放した。
小さく息をのむ音が、すぐ耳元で聞こえる。
「こっ……こういうの、ダメだよ……」
第一声が上擦り、彼の胸に置いた両手も震えてしまった。
自分で思う以上に、陽希の行動に動揺していた。
陽希の顔を、まっすぐ見られない。
「……そうだね」
低い声と同時に、彼の胸に置いた両手に感じていた圧迫感が和らいだ。
恐る恐る顔を上げると、陽希は身を引いていた。
「長年一緒に暮らしていても、俺たちは恋人じゃなく、ただのルームメイトだ。紬の言う通り、こういうことしちゃダメだったね。ごめん」
そう言った彼の顔は見たことがないくらい寂しげで、そんな顔をさせてしまったことに胸がズキッと痛む。
「陽希、あの……」
「やっぱり、今日はもう終わりにしよう。大丈夫。急がなくても、まだ一緒にプレイできる時間はあるから」
陽希はコントローラーをテーブルに置いて立ち上がると、私の頭にポンと手をのせた。
「お休み、紬」
そして私に背を向け、リビングの出口へ歩いていく。
静かにドアが閉まり、彼の姿が見えなくなった途端、私は脱力してしまった。
ズルズルとソファに沈み、天井を仰ぐ。
今まで陽希がずっと秘めてきた気持ち。
いきなり言動で示されても、ついて行けない。
「っ……」
煌々と点る電気から逃げるように、私は両手で顔を覆った。
「陽希、後ろは任せて!」
「了解。行くよ」
二人並んでソファに座り、テレビ画面を注視したまま言葉を交わす。
大きな画面に広がるのは、壮麗でダイナミックなグラフィック映像だ。
その中で、次々に出現する敵に挑む、それぞれが選んだ二人のキャラクター。
コントローラーの操作性もスムーズで、キャラクターの動きも繊細だ。
前方から現れたステージのラスボス決戦は任せ、私が後方援護に徹していると、まるで、本当に陽希が目の前で戦っているような錯覚を覚える。
あくまでゲームの協力プレイなのに、守ってもらってるみたい……。
「紬、上!」
「え? あっ……」
ついつい陽希が操作するキャラクターに見入ってしまい、一瞬コントローラーを持つ手が止まっていた。
注意されてハッとすると、私のキャラクターの上方から、大きなユニコーンの姿をした敵が襲いかかってくるところだった。
「わっ……」
「紬、伏せろっ」
陽希の短い声に、かろうじて指が反応する。
テレビ画面では、地面にしゃがみ込んだ『私』の前に立ち塞がった『陽希』が、真っ赤な炎を発する技を発動させ、敵を撃破していた。
と同時に、ステージクリアとなった。
「ふー……危機一髪」
「ご、ごめん陽希。油断した」
「珍しいね。ドンマイ」
汗を拭う仕草を見せる陽希に謝ると、彼はステージリザルト画面を眺めたままで返事をしてくれた。
「前作よりスケール増してるね。前評判よかっただけあるかな」
満足げに頷きながら、ローテーブルから缶ビールを手に取る。
一気に三口飲んで息をつく彼を、私は黙って横から見つめた。
「二時間くらい熱中してたのか。ちょうどステージクリアしたし、今夜は終わりにする?」
陽希は壁の時計を見遣ってそう言いながらーー。
「……紬?」
私の視線に気づいたのか、怪訝そうに首を傾げる。
「どうした? 疲れた?」
「え? う、ううん。なんでもない」
私は慌てて誤魔化し笑いで返し、なんとなく間隔を開けて座り直した。
「そう?」
「うん。今日は土曜日だし、もうちょっとやろうよ! ……あ」
勢いよく提案した後、すぐに思い出す。
「ごめん。陽希は明日も仕事?」
「ぶぶっ……なにを今さら、しおらしい気遣い。明日は午後からだから、多少は夜更かし付き合えるよ」
吹き出し、明るく笑う彼に、私もホッとする。
「よかった。それじゃ、もうワンステージクリアまでやろうよ!」
「もうワンステージって……結構無茶するね」
「だって急がないと。二人でコンプできないかもしれな……」
苦笑いに転じた陽希に即答しかけて、私はハッと口を噤んだ。
ーー完全に失言だった。
『二人でコンプできない』なんて、ルームシェア解消が前提にあるような言い方だ。
一緒に渡英しようと言ってくれた陽希を、私は日本から送り出すつもりでいる……そうじゃないと出てこない言葉だった。
陽希もそこに気づいてしまったのか、ぴたりと動きを止めて固まっていた。
私たちの間に、一瞬微妙な沈黙が漂ったけれど。
「……うん。そうだね」
陽希が目を伏せ、相槌を打った。
「ルームシェアが終わるなら、叶わない」
「っ、はる……」
「だから、一緒に来てほしいって言った」
私の呼びかけを遮ってコントローラーを膝に置き、先ほどまでとは一転して、真剣な眼差しを私にまっすぐ向けてくる。
意図せず、私の喉が鳴った。
「で、でも」
見つめられると苦しくて、彼の視線から逃げながら顔を伏せる。
「一緒に行く、だから結婚って……それだけで決めていいものなの……?」
自信なく、それでもなんとか疑問を口にしたものの、ずっと消えない戸惑いのせいで、最後は力なく消え入った。
彼の反応を確認するのが怖くて、俯いたまま口を噤むと、微かな溜め息が降ってきた。
「俺がなにを考えてそう言ったか、信用ならないってことか」
「っ。陽希、そうじゃなくて……」
「はっきり言葉にして態度で示せば、信用できる?」
失望したような口調に慌てて顔を上げた途端、一瞬前より鋭い瞳に射貫かれる。
「俺は、紬が好きだよ」
告げられたのは、シンプルな言葉。
低く静かな声なのに、今まで彼から感じたことのない熱っぽさがあって、私の心臓が騒ぎ出す。
形容しがたい迫力に気圧されて言葉を返せずにいると、陽希はソファに手をつき、こちらに身を乗り出してきた。
視界全部が陽希の顔で覆われて、今までにないほど距離が狭まっていることを自覚できた。
彼がなにをしようとしているか察せられーー。
「っ……陽希っ……!」
私はとっさに顎を引き、彼との間隔を保ちながら、両手で逞しい胸を突き放した。
小さく息をのむ音が、すぐ耳元で聞こえる。
「こっ……こういうの、ダメだよ……」
第一声が上擦り、彼の胸に置いた両手も震えてしまった。
自分で思う以上に、陽希の行動に動揺していた。
陽希の顔を、まっすぐ見られない。
「……そうだね」
低い声と同時に、彼の胸に置いた両手に感じていた圧迫感が和らいだ。
恐る恐る顔を上げると、陽希は身を引いていた。
「長年一緒に暮らしていても、俺たちは恋人じゃなく、ただのルームメイトだ。紬の言う通り、こういうことしちゃダメだったね。ごめん」
そう言った彼の顔は見たことがないくらい寂しげで、そんな顔をさせてしまったことに胸がズキッと痛む。
「陽希、あの……」
「やっぱり、今日はもう終わりにしよう。大丈夫。急がなくても、まだ一緒にプレイできる時間はあるから」
陽希はコントローラーをテーブルに置いて立ち上がると、私の頭にポンと手をのせた。
「お休み、紬」
そして私に背を向け、リビングの出口へ歩いていく。
静かにドアが閉まり、彼の姿が見えなくなった途端、私は脱力してしまった。
ズルズルとソファに沈み、天井を仰ぐ。
今まで陽希がずっと秘めてきた気持ち。
いきなり言動で示されても、ついて行けない。
「っ……」
煌々と点る電気から逃げるように、私は両手で顔を覆った。