御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました
包丁を置き、私はくるりと振り返った。

「私、律さんの料理人じゃないんだけど!」

その瞬間――律さんの目が、驚きに大きく開かれていた。

あんな表情、初めて見たかもしれない。

「……千尋。」

ただ一言、私の名前を呼ぶ声が、少しだけ震えていた。

「……ごめん。俺、そんなつもりじゃ……」

掴まれた腕が温かいのに、涙が出そうになる。

律さんが悪いわけじゃないのに。

でも、私だって頑張ってる。仕事も、家のことも、結婚生活も。

律さんはそっと、私の肩に手を添えた。

「ごめん。俺、昨日千尋に――俺に料理作りたいって言われたのが、すごく嬉しかったんだ。」

その言葉を聞いた瞬間、胸がきゅんと音を立てた気がした。

「だから、今日も仕事、猛スピードで終わらせてきてさ。」

……ああ、そうだよね。律さんは、悪くない。

なのに私は、勝手にイライラして、勝手に寂しくなって――。

「ごめぇん……」
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