カンペキ王子は、少々独占欲強めです。
合宿に向かうバスの車内。
1時間ほど走った頃には、最初の賑やかさも落ち着き、車内には微かな話し声と、時折聞こえる寝息が混じっていた。

花乃は、窓の外をぼんやりと眺めていたが──ふと隣に目をやる。

湯田中陸は、目を閉じて眠っていた。

静かで穏やかな寝顔。
長い睫毛が頬に影を落とし、ほんのりと緩んだ口元。
その端正な横顔は、普段の朗らかな表情よりも、どこか神聖な雰囲気さえあった。

肘掛けに添えられた腕も、彫刻みたいに綺麗で、手の甲に浮かぶ血管が妙に色っぽい。

(……やっぱり、すごい人だな)

花乃は、思わずそのまま視線を止めてしまう。

(こんな距離で……隣同士になるなんて。偶然にしては、できすぎじゃない?)

その瞬間──

「なあ花乃。見すぎじゃね?」

明るく通る声が、すぐそばから飛んできた。

「ひっ……!」

びくっと肩を揺らして振り返ると、通路を挟んだ反対側の席から、こちらをニヤつきながら覗き込んでいたのは──横尾和樹だった。

「なっ、なにっ……見てないし!」

「いや、完全にガン見だった。オレ、証人だから」

「う、うるさい……!」

思わず顔を背けると、和樹は悪びれもせずに肩をすくめた。

「……てか、相変わらずだな。花乃って、見入っちゃうと周り見えなくなるタイプ」

「は……? なにそれ!」

「中3のとき、お前、黒板の落書きに一人でツボってたろ? 気づいたら昼休み終わってんの」

「うわ、覚えてたの!? 忘れてよ……!」

「無理。おもしろすぎたから」

小さな声で笑う和樹。
中学三年で同じクラスだった彼は、騒がしくて、ちょっと意地悪で、でもなんとなく気が合った。
今も変わらず、こうやって軽口を叩いてくる。

(……やばい、恥ずかしすぎる)

焦る花乃のすぐ隣では、眠っているはずの陸の唇が、ふっとわずかに緩んだように見えた。

(……まさか、聞こえてた? 起きてる……?)

その瞬間、陸が軽く頭をこちらに傾けるように動いた。

「……うん、起きてるよ」

「えっ……」

囁くような低い声が、鼓膜をくすぐる。

「花乃、俺のこと、ずっと見てたでしょ」

視線が合う。
その真っ直ぐな黒い瞳に、どくんと心臓が跳ねた。

その時、通路を挟んだ和樹が、「うわ、聞いてたのかよ」と笑いながらひと言。

「……陸って、寝てても反応鋭いタイプ?」

「寝てたけど、花乃の顔見たくて」

「──っ!!!」

花乃は両手で顔を覆って、身を縮めた。

(何それ、や、やめて……!!)

ふたりの男子は──ニコニコと火花を散らし始めていた。
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