八咫烏ファイル
第二章:死神の無駄遣い

第二章:死神の無駄遣い



ギシリと年季の入った椅子が軋む
所長の山本夜はデスクに深く体を預け腕を組みながらタバコをふかしていた
その表情はひどく退屈そうだった
そこへ事務所の扉が開きこの事務所唯一の従業員田上健太が元気よく入ってくる
健太「ただいま戻りました」
夜「田上健太!」
夜が低い声で呼びつけた
健太「はい!」
夜「今月お前が取って来た仕事を言ってみろ」
健太「はい!今月は山田さんちの猫のミーちゃんの失踪事件それから小山さんの奥さんには内緒のキャバクラへ行くためのアリバイ工作!」
健太は胸を張って報告する
健太「二件とも無事解決済みです!」
その顔には一点の曇りもない爽やかな笑顔が浮かんでいた
夜「私は……」
夜はデスクの上で組んだ指に力を込める
健太「はい」
健太がまっすぐな目で夜を見つめる
夜の体が怒りでプルプルと震え始めた
夜「私は……ッ!」
その体からゆらりと黒い炎のようなオーラが立ち上る
夜「探偵っぽい仕事がッ……!」
夜の背後に巨大な鎌を持つ黒いフードを被った死神の姿がゆっくりと具現化した
彼女の半身であり守護者である**日(あきら)**だ
夜「したいんだよぉッ!」
健太「ちょっ!夜さん落ち着いてください!」
健太はそのあまりの霊圧に凄まじい勢いで後ずさり尻もちをついた
健太「日さんが出てます!日さんが完全に出てますって!」
夜「田上健太……」
夜は静かに椅子から立ち上がると黒い炎をまとったままゆっくりと健太に歩み寄る
健太「はははひ!」
夜「君は営業担当だよねぇ……?」
その声は悪魔のように低く響いた
健太「ちょっ!ちょっと待ってください!」
健太は尻もちをついたまま必死に両手を横に振る
健太「きょ今日はいい案件の仕事がありまして……!」
ピタリ
夜の動きと黒い炎が同時に消えた
背後の日もすっと姿を消す
夜「……そうなの?」
夜の顔には先ほどまでの怒りはどこにもない
そこには満面の笑顔が咲き誇っていた
夜「それを早く言いなさいよ!」
夜は健太を放置したままソファに駆け寄るとローテーブルをバンバンと子供のように叩いた
夜「早く!」
健太「ははい!今は簡単な資料しかないんですが今日の午後にクライアント様が直接こちらに来られるそうで」
夜は健太が差し出した資料をひったくるように手に取った
その目は好奇心でキラキラと輝いている
彼女は一枚二枚とその書類に目を通していく
夜「……うん……」
健太「どうでしょう?」
夜「最近東京都内とくに足立区周辺の土地を買い占めてる人間がいると……」
夜「でその人物の素性を調べればいいんだな?」
健太「そういうことのようです!」
健太が力強く頷いた
次の瞬間夜は勢いよく立ち上がるとまだ床に座っている健太をその大きな胸に思い切り抱きしめた
夜「良くやった!」
健太「ぐえっ……!」
健太は窒息死しそうになりながらもその顔はどこか嬉しそうだった
数秒後
夜はぴたりと動きを止めると何事もなかったかのように健太を離した
そしてクールな表情で言い放つ
夜「……特別ボーナスだ」
健太「あありがとうございます……」
健太の顔がぼっと赤くなった
そして午後
新しい事件の依頼人がこの事務所のドアを叩くことになる
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