八咫烏ファイル

【新宿・雑居ビル前】
一台のタクシーが夜の雑居ビルの前に停まる
先に璃夏が降りた
続いて小里が料金を支払い降りてくる
小里は古い雑居ビルを見上げた
「ここですか?」
「はい。行きましょう」
璃夏は頷きビルの中へと入って行く
【夜探偵事務所】
健太は給湯室でコーヒーを淹れていた
事務所には彼一人
主である夜はまだ帰ってこない
コンコン
控えめなノックの音がした
「はい」
健太が入り口のドアを開ける
そこに立っていたのは見覚えのある女性と見知らぬ大柄な男だった
「健太さんご無沙汰しています。椎名璃夏です。先ほどお電話させていただいた……」
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
健太は二人を事務所の中へと招き入れた
「どうぞ。お掛けになってください」
彼は二人をソファの方へと誘導する
璃夏と小里がソファに座る
健太は三つのコーヒーをテーブルに置いた
そして自らも対面のソファに座る
「それで……何か訳ありのご様子ですが」
健太が静かに切り出した
璃夏と小里は顔を見合わせる
そして小里が重い口を開いた
関東誠勇会本部がCTの襲撃を受けたこと
事務所が地獄のような戦場と化したこと
そして滝沢が用意した秘密の通路でかろうじて脱出したこと
彼はその全てを淡々としかし力なく語った
「だ、大事件じゃないですか!」
健太は絶句した
東京の裏社会で今まさに戦争が起きているのだ
「それと……」
璃夏が不安そうな声で続ける
「少し気になることがあるんです」
「気になることですか」
「はい。昨夜滝沢さんに電話があって……」
「電話が鳴った時彼はひどく慌てて私たちを部屋から追い出しました」
「依頼の電話でも普段はそんなことないんです」
健太の表情が変わる
「その電話の後から滝沢さんの様子も少し変で……」
「そういえば……」
健太が呟く
「夜さんも昨夜電話が鳴って『出てくる』と言って事務所の外で話していました」
「え……?」
璃夏が息を呑む
「もしかして同じ電話……?」
「ただ帰って来てから特に変なところは……」
そこまで言って健太はハッとなった
「いや……ありました」
「帰ってくるなり突然『明日から二日休みにしよう』って」
「二日……」
璃夏が何かを考える
「ちょっちょっと待ってください」
健太が続ける
「さっき小里さんが言っていた襲撃事件」
「相手はCTって……」
「はい。中国マフィアです」
小里が答える
「チャイニーズ・タイガー。通称CTです」
「あっ!」
健太の頭の中で全てのピースが繋がった
「俺たちが最近請け負った仕事があったんです」
「足立区の土地をやたらと買い漁ってる組織がいてその正体を調べてくれって」
「でその組織っていうのが確か……CTで……」
「えっ!?」
今度は璃夏が驚く番だった
「偶然にしては何か出来すぎてる気もしますね」
小里が唸る
「確かに……」
健太も頷く
「じゃあ行きましょう!」
璃夏が突然立ち上がった
「「え?」」
健太と小里の声が重なる
「金虎開発にです!」
璃夏は決意の目で二人を見た
「そ、それは危険すぎます!」
小里が制止する
「コソッと様子を見るだけでも……危険ですか?」
璃夏は食い下がる
「……車で行ってみて危険そうだったらすぐに帰る。それなら……」
健太が提案した
「はい!行きましょう!」
璃夏が力強く頷く
「いいですか?少しでも危険だったら本当にすぐに帰りますからね!」
健太は念を押す
「夜さんでさえ拉致するような奴らですから!」
その顔は恐怖に引きつっていた
「万が一のことがあれば俺が全力でお二人を護ります」
小里が静かに言った
それは滝沢への誓いでもあった
「じゃあ行きましょう」
璃夏はもう一度言った
彼女の瞳にはもう迷いはなかった
主(マスター)が不在の今自分たちが動くしかないのだと
彼女は覚悟を決めていた
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