八咫烏ファイル
【夜探偵事務所・宴の始まり】
「買ってきたぞー!」
健太と小里が両手にコンビニの袋をぶら下げて事務所に戻ってきた
テーブルの上に所狭しと缶ビールチューハイそして様々な種類のつまみが並べられる
璃夏はその光景を見てパッと顔を輝かせた
「わー!すごい!」
滝沢はソファに深く腰掛けたまま呆れたように言った
「ガキの使いかよ」
夜はデスクの椅子にゆったりと座り脚を組んだ
「遅いぞお前ら。喉が渇いた」
缶ビールが次々とプシュッと音を立てて開けられ乾杯の音頭もなく宴が始まった
璃夏はビールを一口飲むと頬を赤らめて話し始めた
「あの、そういえばなんですけど……私、昔はCカップだったのに、闇医者の沖田先生に整形された時に、勝手にEカップにされちゃって……」
彼女は照れたように胸元を隠した
滝沢は飲んでいたビールを危うく吹き出しそうになった
「はぁ!?だから、それは俺の趣味じゃねぇって、何度言わせんだ!」
彼は顔を真っ赤にして否定した
そのやり取りに健太と小里はニヤニヤと笑い出した
健太はグラスを傾けながら夜の方を見た
「夜さん本当に急に日(あきら)さんを出すのやめてくださいよ!あれマジで新手のパワハラですから!」
そう言うと健太は大袈裟に肩をすくめた
夜はケラケラと楽しそうに笑った
「あら?何か文句でもあるのか?」
その意地の悪い笑顔に健太は慌てて首を横に振った
「いえ!全然!むしろ大歓迎です!」
そのあまりの変わり身の早さに一同は爆笑に包まれた
宴が進むにつれてアルコールの力も手伝い事務所の中はますます賑やかになっていった
璃夏は楽しそうに身振り手振りを交えながら今日の出来事を話し
健太と小里はくだらないことで大笑いしている
普段はクールな滝沢もいつの間にか顔を赤くして笑っていた
そして夜もまたグラスを傾けながら時折微笑みを浮かべてその賑やかな輪の中にいた
やがて時間が経つにつれて一人また一人と酔いつぶれてソファや床に寝転がり始めた
最後に残ったのは滝沢と夜だけだった
夜は静かに立ち上がるとジャケットを羽織った
そして眠り込んでいる仲間たちを一瞥した
「……滝沢」
夜が声をかけると滝沢はゆっくりと顔を上げた
彼の目は少し潤んでいた
「……じゃあな」
夜はそう短く言うと事務所のドアへと歩き出した
「……あぁ」
滝沢は小さく返事をした
ドアが静かに閉まり夜は一人夜の街へと消えていった
【夜の自宅】
マンションの一室
夜は窓から見える街の夜景をぼんやりと眺めていた
そして静かにスマホを取り出しある番号に電話をかけた
プルル……プルル……
『夜か?』
電話の向こうから低い優しい声が聞こえる
「うん。仁」
夜の声はいつもより少しだけ柔らかかった
「あのね……」
夜は言葉を選びながら今日あったことを短く報告した
そして最後にこう付け加えた
「私……生きてて、良かったかも」
電話の向こうで仁が息を呑むのが分かった
長い沈黙
そして仁はただ一言
絞り出すようにこう言った
『……そうか』
その声は少しだけ震えていた
夜は静かに微笑んだ
「うん……じゃあね」
彼女はそう言うと電話を切った
窓の外の夜景は優しく光っている
夜はその光を見つめながら小さく息を吐いた
彼女の心にはこれまで感じたことのないような温かい光が灯っているようだった
長い夜は終わりを告げ
新しい朝が静かに始まろうとしていた