八咫烏ファイル

​【横浜中華街・浜崎組事務所】
​キーッという甲高いブレーキ音。
一台の黒塗りセダンが荒々しく浜崎組の事務所の前に乗り付けた。
中から黒いスーツを着た五人の男が降りてくる。
そのただならぬ雰囲気に事務所の前にいた見張りの組員が声を荒らげた。
​「あ?なんだてめぇら!」
だがそれが彼の最期の言葉だった。
男たちは懐からためらうことなく拳銃を抜く。そして一斉に発砲した。
乾いた破裂音が中華街の路地裏に何度も響き渡る。
​事務所の中にいた浜崎組の組員たちも何事かと飛び出してくるが無駄だった。
男たちは一切の感情を見せずただ機械のように目の前の人間を撃ち殺していく。
阿鼻叫喚。
ほんの数十秒で浜崎組の事務所は血の海と化した。
​あらかた撃ち終わるとリーダー格の男が顎で合図する。
仲間の一人がまだかろうじて息のある瀕死の組員を引きずり出した。そして乗ってきた車のトランクにまるでゴミでも放り込むかのように乱暴に押し込む。
五人の男たちは再び車に乗り込むと来た時と同じように荒々しくその場から去って行った。
​【関東誠勇会・本部事務所】
​組長室で坂上 誠が受話器を握りしめていた。その指は怒りで白く変色している。
電話の向こうから子分である浜崎組員の切羽詰まった声が聞こえてくる。
​「なんだと……!?」
坂上は低い声で唸った。
事の詳細を聞き終えると彼は静かに受話器を置く。
​そして組長室を出て事務所に詰めている屈強な組員たちを見渡した。
「……浜崎組がやられた」
その静かな一言で事務所の空気は一瞬で沸騰した。
​「なんだとゴラァ!」
「チャイナの連中か!」
「戦争だ!今すぐ奴らを叩き潰すぞ!」
​組員たちの怒号が飛び交う。
だが坂上は地響きのような一喝でその騒ぎを黙らせた。
​「静かにしろい!!」
​事務所が水を打ったように静まり返る。
​「こちらから動けば公安が動く。そうなれば奴らの思うつぼだ」
坂上は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
​「しかし親父!このままじゃうちのシマが……!」
小里が声を上げる。
​だが坂上は何も答えない。
ただ固く目を閉じるだけだった。
報復か。それとも破滅か。
巨大組織関東誠勇会は今その選択を迫られていた。
​静まり返った組事務所。
そこにはただ男たちの無念と怒りだけが渦巻いていた。
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