靴に魔法をかけたのは
 落ち込んでいる場合じゃない。用意周到で慎重な皐月ちゃんがミスするなんて、珍しい。このミスを店でどう挽回できるか考えないと。
 一階まで駆け下り、自販機の前で悩む。コーヒー、お茶、ジュース、水……。
 結局、スマホで決済して水を三本買った。
 冷たさを手に感じながらエレベーターを待つが、待ちきれずに階段を上り、会議室に行く。

 と、少し開いている扉から、諒が皐月を抱きしめているのが見えた。

 晴佳の顔から、いっきに血の気が引いた。
 あのふたりが。
 きっと、前からつきあってたんだ。自分が気付いてなかっただけで。

 鈍感だ、と諒に言われた言葉が蘇る。
 手から力がぬけてボトルが一本落ち、鈍い音を立てた。

「晴佳?」
 諒の声に、晴佳は慌ててボトルを拾った。
 会議室に入ると、もうふたりは抱き合ってなどいなかった。

「ごめん、一個落としちゃった! これは自分で飲むから」
「ペットボトルなら『本』だろ」
「細かいなあ」
 会議机に二本置いて、そのままバッグをつかむ。

「ごめん、バイトからすぐに戻ってって言われちゃった。海戸くん、皐月ちゃんをよろしく」
「ああ」
 諒の返事に、晴佳は無理矢理な笑顔を作って会議室を出た。
 嘘はしらじらしくなかっただろうか。自然に出て行くことができただろうか。
 車に戻ると、なぜだかわからない涙がこみあげてきて、両手で顔を覆った。
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