靴に魔法をかけたのは
『そんなお前だから好きなんだ』
 諒の言葉がなんども耳にこだまする。
 同時に甘い眼差しが脳裏に再生され、晴佳はそのたびに頭を抱えた。

「海戸くんのばか! 皐月ちゃんというものがありながら!」
 枕をばしばしと殴り、最後にはベッドに倒れ込む。
 胸の中はもうすっかり諒に占領されていて、どれだけ追い出そうとしても出て行ってくれなかった。

***

 やっちまった。
 一人暮らしのマンションに帰った諒は、玄関の壁に手をついてうなだれた。
 靴を脱ぐ気力もなく、思い出す。
 告白なんて、する気はなかった。なのに、気付いたら言葉が滑り出ていた。

「忘れてくれ」とは言ったものの、しっかり聞こえていただろうし、取り返しがつかない。
 晴佳はどう思っただろうか。年齢のわりに子どもっぽいところがあって、恋愛より仕事と友情を優先している彼女には晴天の霹靂だっただろう。

 初めて会ったときは、おもしろい人だな、と思った程度だった。
 だが、感情に素直で理想を追求し続ける彼女を見るうち、ひかれて行った。
 彼女に認められたくて仕事を頑張り、チェーン唯一の紳士靴店の店長を任されるに至った。
 仕事を会社に認められた。

 それでも、告白する気にはなれなかった。
 彼女にまったく男として見られていないことがわかっていたからだ。

 どうやって距離をつめようかと悩むものの、同時にその距離感が心地よくもあった。皐月を交えて過ごすランチタイムは、晴佳同様に癒しの時間だった。

 だが、ずっとこのままではいられないのもわかっていた。
 いつか彼女の心を奪う男が現れたら、と気が気ではなかった。

 そんな折、ひとつの打診があり、了承した。
 これを告げたら、彼女はどう思うだろう。
 自分との関係が致命的に壊れるかもしれない。
 迷ううち、彼女が万引きの親にクレームを入れられた。落ち込んでいる姿は見ていられなかった。
 いてもたってもいられずに彼女を誘い、この惨事だ。

「それでも言うしか……ないよな」
 苦渋に満ちた声が、狭い玄関にこぼれた。
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