「物語の最後に、君がいた」

第9話 この手を離さないって、思った


次の日も、福岡の空は澄んでいた。
昨日たくさん泣いたのに、目はあまり腫れていなかった。
鏡の中の自分の顔が、少しだけ柔らかく見えるのは、きっと気のせいじゃない。


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「今日は、どこ行きたい?」

悠真が澪にそう訊いたのは、駅前の小さなカフェだった。
いつものようにコーヒーを頼んだ彼は、アイスティーを頼んだ澪の前で、くすっと笑った。

「初めて会ったときも、その紅茶だったよね」

「……覚えてたの?」

「うん、なぜか。たぶん――最初から気になってたんだと思う」

その言葉に、澪の胸が少しだけ熱くなる。
いつからだろう。悠真に会うと、心の奥がぽっと灯るような気持ちになる。


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午後は、悠真が「秘密基地みたいなとこがある」と言って連れて行ってくれた。
古い図書館の奥にある閲覧室。
人も少なくて、外の光が静かに差し込んでいた。

二人並んで座って、本をめくる。
でも、澪は文字がなかなか頭に入ってこなかった。
横にいる悠真の、指の動きとか、ページをめくる音とか。
全部が気になってしまう。


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「ねえ、悠真」

「ん?」

「……どうして、わたしに優しくしてくれるの?」

不意に出てしまった言葉だった。
けれど、ずっと聞きたかった。
壊れている自分に、どうしてこんなにまっすぐな眼差しをくれるのか。


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悠真は少し黙ってから、本を閉じた。

「澪のこと、最初に見たとき、俺みたいだって思ったんだ」

「え?」

「俺も……母親が突然いなくなってさ。
 それから、なんとなく全部がどうでもよくなって、
 自分のこと、大事にできなくなってた」

――母親を亡くして、心を閉ざしてた。
澪は、悠真の過去を少しだけ知っていたけど、
それがこんなに静かな痛みとして語られると、胸の奥がぎゅっとなる。


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「でも、澪が泣いてくれて、嬉しかった」

「……なんで?」

「だって、自分の痛みに気づいてるってことじゃん。
 それって、ちゃんと生きようとしてる証拠だから」

その言葉を聞いた瞬間、澪の手がそっと動いた。
机の下、勇気を出して、悠真の手に触れる。
少し震えていたけど、悠真は何も言わずに、その手を包んでくれた。


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ぬくもりが、心の奥までじんわりと届く。
たったひとつの“手”が、こんなにも優しくて、
こんなにも“生きていたい”と思わせてくれるなんて、思わなかった。

――この手を、離したくない。
そう思った。
いや、もう離しちゃいけないんだって、思った。




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そして澪は、はじめて自分から、言葉にした。

「わたし……本当は、生きたいのかもしれない」

それは小さな声だったけれど、
澪の人生の中で、いちばん大きな一歩だった。

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