「物語の最後に、君がいた」

第8話 やっと、泣けた日


夜の福岡は、思ったより静かだった。
街の明かりは優しくて、川のせせらぎや自転車のベルの音が、どこか遠くから聞こえてくる。

澪と悠真は、古本屋の帰り道にふらりと川沿いに立ち寄った。

「今日は、ありがとう。……すごく楽しかった」

「うん。俺も」

悠真はポケットに手を入れたまま、少しだけうつむいていた。
それでも、その表情はやわらかくて、何も言わなくても伝わってくるような気がした。


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川沿いのベンチに並んで座ると、少し肌寒くて、風が髪をさらう。
その風に乗って、澪の胸の奥が、またざわざわと揺れはじめた。

ずっと、言えなかったことがある。
言いたくても、言ってしまったら壊れてしまいそうで。
ずっと、平気なふりをしてきた。

でも。

「悠真……わたし、ね」

その声は、自分でも驚くくらい小さくて、でも震えていた。

「わたし、小さい頃から…誰にも大事にされた記憶が、あんまりないの」


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悠真は黙って、ただ隣に座っていた。
その沈黙が、澪には「話していいよ」と言ってくれているようで、また、涙がにじみそうになる。

「家でも怒鳴られて、叩かれて、
 学校でも無視されて、
 ……誰にも、わたしの居場所なんてなかった」

声が震える。涙が頬をつたう。
でも、止められなかった。

「ずっと、“いなくなればいい”って、思ってた。
 消えたら、全部楽になるって……
 わたしなんて、生きてちゃいけないんだって、何度も思った」


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そのときだった。
静かに伸びてきた悠真の手が、澪の手にそっと触れた。

「……澪は、ちゃんとここにいるよ。今、俺の隣に」

その一言に、堪えていたものがすべてあふれ出す。

澪は、顔を手で覆って、声を殺して泣いた。
泣いて、泣いて、泣いた。
何年分もの涙が、あふれるように流れた。


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悠真は、何も言わずにそばにいてくれた。
頭を撫でるわけでも、抱きしめるわけでもない。
ただ、ずっとそばにいてくれた。

それが、何よりもありがたかった。


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涙が落ち着いたころ、澪は少しだけ顔を上げた。

「……ごめん、こんな姿、見せたくなかったのに」

「見せてくれてよかったよ。
 泣けるって、大事なことだよ」

悠真の声は、どこまでも穏やかだった。

「澪は、ちゃんと生きてる。
 苦しかったけど、ここまで生きてきたんだよ。
 それだけで、十分すごいと思う」


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その言葉に、また少しだけ涙がにじむ。

でも、さっきまでと違っていた。
それは“悲しみ”だけじゃなく、“救われた気持ち”が混じっていたから。


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"本当の涙を流せたのは、たぶん初めてだった。

 わたしは、ずっとひとりじゃなかった。
 この町のどこかで、ちゃんとわかってくれる人がいた"

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