「物語の最後に、君がいた」
第10話 「じゃあ、ここで一緒に生きようよ」
夕暮れの福岡は、まるで映画のラストシーンみたいだった。
川沿いを歩く澪と悠真。
ふたりの影が長く伸びて、寄り添うように重なっていた。
「さっき、言ってたよね」
「……生きたい、かもしれないって」
静かに、でもはっきりと、悠真が切り出す。
澪は、うん、と小さく頷いた。
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「それってさ」
「すごいことだと思うよ」
「……うん。でも、怖い」
「また戻ったら、全部が元どおりで。
どうせ誰も、わたしのことなんて知らないし……」
澪の声は震えていた。
だけどその奥には、確かに“希望”が宿っていた。
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「じゃあさ」
悠真はふっと笑って、歩みを止めた。
夕焼けの光が、彼の横顔をやさしく染める。
「ここで一緒に生きようよ」
「福岡に来て、大学もこっちで受けてさ。
そしたら、俺がずっと隣にいる」
「……え?」
「澪に、生きたいって思ってもらえたこの街で、
俺は一緒に生きていきたい」
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言葉が胸に落ちて、澪は立ち尽くした。
夢みたいな提案だった。
そんな未来、考えたこともなかった。
でも――いま、初めて。
未来っていう言葉が、少しだけ温かく感じた。
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「……わたし、バカみたいに死ぬことばっかり考えてたのに」
「そんなわたしでも、いいの?」
「そんな澪だから、いいんだよ」
悠真はまっすぐに言った。
一瞬で涙が溢れた。
誰かに“それでもいい”って言ってもらえたことなんて、
人生で初めてだった。
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澪は小さく、でも確かに頷いた。
「……うん」
「ここで、わたし、生きてみたい」
「悠真となら、少しずつでも、進める気がする」
その瞬間、悠真の手が澪の手を強く握った。
不安も、過去も、全部を包むように。
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「じゃあ、約束な」
「もう、ひとりにしないから」
風が優しく吹いて、澪の涙を乾かしていく。
夕焼けの福岡の空は、まるでふたりを祝福しているようだった。
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そして、澪の心の奥にずっとあった“物語のラストページ”は、
静かに、新しいページへとめくられはじめていた。