「物語の最後に、君がいた」
第11話 大丈夫って、言ってみたかった
翌朝、澪は静かに目を覚ました。
ホテルの天井を見つめながら、ふと昨日の夕暮れを思い出す。
あのとき、悠真が言ってくれたこと。
「もう、ひとりにしない」
その言葉が、今も胸の奥でじんわりとあたたかい。
だけど同時に、怖さもあった。
こんな幸せ、いつか壊れてしまうんじゃないかって――
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朝の待ち合わせ場所は、小さな書店の前。
澪が好きな作家の作品が並ぶ、静かな通りの一角だった。
「おはよ」
悠真が変わらぬ笑顔で手を振る。
「……おはよう」
澪も、小さく返す。
昨日より、ほんの少しだけ声が大きくなった気がした。
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書店を出たあと、ふたりは川沿いのベンチに腰かけた。
悠真が買った本を袋ごと澪に渡す。
「これ、澪が前に言ってたやつでしょ? 読んでみたくて」
「一緒に、読もうよ」
ページをめくる音。
並んで読んでいると、まるで同じ時間をゆっくり味わっているみたいだった。
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「ねえ」
澪が口を開いた。
「……わたしね、昔から“だいじょうぶ”って言えなかったの」
「言ったら、本当に全部我慢しなきゃいけない気がして」
「でも……今はちょっとだけ、言ってみたいって思った」
悠真が目を見て、うなずく。
「無理にじゃなくていい。でも、澪がそう思えるのはすごく嬉しいよ」
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澪は手のひらを膝の上でぎゅっと握りしめて、ぽつりとつぶやいた。
「わたし……だいじょうぶ、かも」
その声は小さくて、震えていた。
でも、ちゃんと彼女の中から生まれた“初めての肯定”だった。
悠真がそっと手を重ねる。
「うん。澪は、きっと大丈夫だよ」
「俺がそう思ってるから」
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ふたりの間に、静かな風が吹いた。
重ねた手のぬくもりが、心の奥にじんわりとしみこんでいく。
その瞬間、澪は少しだけ笑った。
自然と出た、ほんの小さな微笑みだった。
でもその笑顔は、何よりも強く、美しかった。
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“自分で、自分に「大丈夫」って言える日が、
いつか本当にくる気がした。”