「物語の最後に、君がいた」

第12話 好きになるって、こんな感じだったんだ


その日も、澪と悠真は一緒に福岡の街を歩いた。
書店、川沿いのベンチ、昔ながらの喫茶店。
どこにいても不思議と落ち着いて、自分が「消えたい」って思っていたことすら、遠い昔みたいに感じられた。

それはきっと、隣に悠真がいたから。


---

喫茶店の窓際席で、ふたりは本を開いたまま黙っていた。
けれど、その沈黙が心地よかった。

ときどき、視線がぶつかって、ふいに目をそらす。
そのたびに胸がじんわり熱くなった。

(……なんでこんなに、どきどきするんだろう)


---

喫茶店を出た帰り道、澪がぽつりとつぶやく。

「悠真って、本好きなだけじゃなくて、人の気持ちもすごく読めるんだね」
「最初から、ちゃんとわたしのこと見てくれてたって……最近わかってきた気がする」

悠真は照れたように笑いながらも、真っ直ぐに澪を見て言った。

「澪のこと、気づいたら見てたんだよ。なんでかはわからないけど……すごく放っておけなかった」


---

その言葉に、胸がぎゅっとなる。
何かが崩れて、あたたかいもので満たされていく感じ。

(わたし、たぶん……この人のこと、好きになってる)

こんな風に誰かを想うのは初めてだった。
それは、ただ優しくされたからじゃない。
ちゃんと「わたし」として見てくれる誰かが、初めて現れたからだった。


---

夜、ホテルに戻ってからも、澪はスマホを握っていた。
さっき悠真と撮った写真を何度も見返す。
同じ空の下にいるのに、もう会いたくなっていた。

(ねえ、悠真。わたしね、今すごく……)

画面の向こうに言葉を送る代わりに、そっとスマホを胸に抱いた。


---

“こんな気持ちが、「好き」なんだって。
やっと、わかった気がする。”


< 13 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop