「物語の最後に、君がいた」

第2話 知らない街で、君に出会った


福岡に着いたのは、午後の2時を少し過ぎた頃だった。

新幹線のドアが開いた瞬間、ふわっと潮の匂いがした。
神奈川のそれとは少し違う、やわらかくて温かい空気。

「……着いちゃった」

わたしの声は、やっぱり誰にも届かない。
それでも、これでいいと思っていた。
もうすぐ終わる。
だから、あと少しだけ、自由でいようと思った。


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駅の改札を出て、コンコースを歩いていると、ふいに誰かの足元が視界に入った。
黒い財布が、ポトリと落ちていた。

「あ……」

思わず拾い上げたと同時に、わたしの前にひとりの男の子が現れた。
たぶん、同い年くらい。
黒髪で、少しだけ猫背。けれど、目はまっすぐで、とても静かな光を宿していた。

「それ……俺の、です。ありがとう」

低くて落ち着いた声だった。
わたしは、うなずいて、財布を差し出した。

「気づいてよかったですね」

そう言ったわたしに、彼は少し驚いたように笑った。
でも、それ以上は何も言わずに、去っていった。

名前も、なにも知らない。
でも、変な感じだった。
初めて来た街で、誰かと話すなんて思わなかったから。


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そのあとは、予定通り“やりたかったこと”をこなしていった。
海を見て、おいしいものを食べて、映画をひとりで観て、
それから、最後に行く場所として選んだのが、本屋さんだった。

わたしが一番好きだった、あの作家の作品が並ぶ書棚。
タイトルを見るだけで、胸が苦しくなる。
何度も読み返したページ、あの言葉、あのラスト。

──ああ、やっぱり、ここが最期でよかった。

そう思いながら、本を手に取ったときだった。

「……また会ったね」

振り向くと、そこには──駅で財布を落とした、あの男の子がいた。


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少し驚いて、少しだけ、うれしかった。
でもそれ以上に、どうしてか「泣きそう」だった。

だって、
この広い街で、誰かがわたしのことを「覚えていてくれた」ことが、
信じられなかったから。


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「この作家、好きなんだ?」
「……うん。いちばん好き」
「俺も。この人の言葉、なんか、心の奥まで届くよね」

わたしはうなずいた。

もしかして、この街で、
わたしと同じように、本の中で呼吸してる人がいるのかもしれない──




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次の日。
彼──悠真(ゆうま)が、福岡を案内してくれると言ってくれた。

「観光って感じじゃないけど、好きな場所ならあるよ」

わたしは、迷わず「行きたい」と答えた。
もう少しだけ、この物語の続きを読んでみたくなったから。

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