「物語の最後に、君がいた」

第4話 わたしが福岡に来た理由


次の日も、空は青かった。

澪は前日に約束した通り、天神駅の改札で悠真と待ち合わせた。
今日も彼は、いつものようなラフな格好で、
けれど昨日よりも少しだけ、表情がやわらかい気がした。

「おはよう」

「……おはよう」

短く交わす言葉。
それだけで、少しだけ呼吸がしやすくなる。
わたしは、悠真といるときだけ、変に緊張しなくて済む。


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この日は、福岡市美術館に行った。

展示よりも、建物の静けさと、窓から見える緑が心地よかった。
それから、湖のほとりを歩いて、ベンチに座った。

澪は、ずっと気づいていた。
悠真が、何かを言いたそうにしていることに。

「……澪って、なんで福岡に来たの?」

それは、やっぱり、聞かれてしまった。


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わたしは黙った。
言うべきか、言わないべきか。
ずっと悩んでいたけれど──
この人には、言ってもいいかもしれないって、そう思った。

わたしはゆっくりと口を開いた。


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「……わたしね、本当は、死ぬつもりだったの」

悠真は何も言わなかった。
でも、目をそらさなかった。

「学校でも、家でも、居場所がなくて。
 朝起きて、夜寝るまで、ずっと消えたいって思ってた。
 でも、怖くて、できなくて……
 そんなとき、ふと、“好きだったあの本の舞台で終わろう”って思ったの。
 それが、福岡だった」

わたしは、湖の水面を見ながら、少しずつ言葉を吐き出していった。

「わたし、別に……生きたいわけじゃない。
 でも、死ぬ勇気もなくて。
 だから、逃げてきただけなんだよ」

風が吹いた。
湖面がゆれて、わたしの心も揺れていた。


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しばらくの沈黙のあと、悠真が口を開いた。

「……俺もね、母さんを亡くしてから、何も感じなくなった時期がある」

「え……」

「中3のときだった。
 事故で急にいなくなって、それから毎日が真っ白でさ。
 誰とも話したくなかったし、何もしたくなかった。
 でも……そのときに、あの作家の本に出会ったんだ」

「……」

「“生きる理由がなくても、生きてることには意味がある”って書いてあって……
 その言葉が、ずっと、心に残ってる」

悠真の声は、やさしかった。
静かで、揺れていて、でも確かだった。

「俺は、澪に生きてほしいって言うつもりはない。
 でも、せっかくここまで来たんだし──
 せめて、少しでも“生きてもいいかも”って思える瞬間があったら、って思う」


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その言葉を聞いたとき、
胸の奥に何かがじんわりと広がった。

涙がこぼれそうだった。
でも、わたしは笑った。

「……ありがとう」

ほんの少しだけ、声が震えた。

でも、その震えは、
“誰かに受け止めてもらえた”という安堵だった。


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澪の物語が、少しずつ書き換わっていく。
それは、彼のとなりで、もう一度ページをめくってみようと思えたから──



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