「物語の最後に、君がいた」

第5話 いま、この瞬間だけでも


午後の街は、少しずつ陽射しがやわらいで、澪の頬にあたる風も心地よかった。

天神の商店街。
にぎやかなアーケードの下で、澪は悠真の少しうしろを歩いていた。

「おなか、減ってない?」
ふいに悠真がふりかえる。

「……少し」

「なら、行こうか。俺のおすすめ」


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連れていかれたのは、昔ながらの喫茶店だった。
木の椅子と丸テーブル。
少し古びた空気に、なぜか落ち着く。

出てきたのは、ナポリタンとミルクセーキ。

「懐かしくない? っていうか、懐かしいって思える年でもないか」
悠真が笑う。

澪も、ふっと小さく笑った。
ナポリタンなんて、食べるの何年ぶりだろう。


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二人で食べながら、話すことはとりとめもなくて、でもそれが心地よかった。

好きな作家の話。
中学生のころに読んでた漫画の話。
今まででいちばん泣いた本の話。

「澪が泣いた小説、俺も読んでみようかな」

「……重いよ」

「そういうの、意外と好き」

会話が途切れても、無理に何かを話す必要はなかった。


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喫茶店を出た帰り道、澪は思った。

──“今、この時間がずっと続いてほしい”なんて、贅沢なことを。

でも、ほんの少しだけ、そんなふうに思ってしまった自分に、驚いていた。


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ホテルの前まで送ってもらうとき、悠真がポケットから一枚の紙を取り出した。

「はい、これ」

「……?」

「明日のルート。ここ行こう。ほら、澪が好きだったあの本に出てきた場所」

手書きの地図と、メモが添えてあった。
澪の“好き”を、彼はちゃんと覚えてくれていた。

「……ありがとう」

ぎゅっと紙を握った手が、ほんのりあたたかい。


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部屋に戻って、ベッドに沈み込んだあと、澪はひとつ深く息を吐いた。

あした死のう。
そう思っていたはずなのに。

「……もうちょっとだけ、明日を見てみたい」

心のどこかで、そんな声がした。


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“さよなら”の代わりに、
“またね”を言える自分が、いたらいいのに。

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