「物語の最後に、君がいた」
第6話 消えたがっていたのは、過去のわたし
朝、目が覚めたとき、澪はどこか不安定な気持ちを抱えていた。
昨夜、悠真と別れたあと、ホテルの部屋で布団にくるまっても眠れなかった。
明日のこと、これからのこと、何も決まっていないのに心がざわついていた。
あのとき、悠真に言った「ありがとう」は、本当に心からの言葉だった。
でも、その後に残るのは、何もかもが曖昧な気持ちばかり。
『本当に死んでしまおうとしていたのは、今のわたしじゃない』
そのことに、向き合わなければならない気がしていた。
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今日は、悠真が教えてくれたルートを歩く日だった。
昨日渡された手書きの地図を見返し、決して楽しいだけの観光地ではないことを、澪は感じ取っていた。
だけど、少しだけ怖いと思ったからこそ、行ってみたくなった。
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待ち合わせ場所で、悠真がやってきた。
「おはよう」
「おはよう」
軽い挨拶だけだったけど、今はそれが少しだけ安堵感に変わった。
悠真の存在が、澪にとって安心のひとときになっていることを、無意識に感じていた。
「今日は、どこに行くの?」
「うん、まずはこっちの道。ついてきて」
悠真は、どこか少し遠くを見ながら歩き始めた。
澪は、そんな悠真の横顔をチラリと見てみた。
彼がどこか“隠している”ような気がして、でもそれを無理に聞くことはできない。
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二人が辿り着いたのは、福岡の外れにある小さな墓地だった。
どこか寂しげな雰囲気が漂っていて、澪は最初その場所に足を踏み入れることをためらった。
「ここ……」
「うん、ちょっと前に母さんの墓に来たんだ」
悠真は、墓地の端にある小さな石碑に手を合わせていた。
澪は黙って、その様子を見守った。
その静けさが心に沁みる。
「母さんがいなくなってから、ずっと何も感じなかった。
でも、ここに来ると、少しだけ落ち着くんだ」
悠真がぽつりとそう言ったとき、澪は目を伏せた。
自分もまた、死にたいと思ったことがあるから。
でも、それを表に出せないのは、彼の悲しみを“理解できない”からだ。
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「死にたいと思ったこと、あった?」
悠真のその言葉が、澪をふと振り返らせた。
「……うん」
澪はすぐに答えることができた。
「それは……今も?」
「……ううん」
澪は顔をあげて、悠真を見た。
「今は、ちょっと違うかもしれない」
その言葉を聞いたとき、悠真が静かにうなずいた。
「そうだね。今はもう、死にたくないって思うかもしれない」
澪の心の中で、ふと何かが揺れる音がした。
少しずつ、過去の自分を手放すことができる気がしてきた。
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それから二人は、墓地を後にし、福岡の街を少し歩いた。
悠真はいつも通り、自然体で澪と話してくれていたけれど、その中にもどこか優しさを感じるようになった。
「もし……福岡で大学に行くことにしたら、君が案内してくれる?」
澪は、なんとなくその言葉を口にした。
「もちろん。でも、俺が案内するのも、もう少しだけ後の話だよ」
悠真は少しだけ冗談めかして言って、澪に微笑んだ。
その微笑みが、今までとは少し違って見えた。
まるで澪の心が少しずつ温かくなっていくように。
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その日の夜、澪はひとりで考えた。
“死にたかった自分”と向き合って、ようやく少しだけ前を向ける気がしていた。
でも、それでもやっぱり怖かった。
どうしていいのか、わからない。
だけど、悠真と出会ってから、
“今だけでも、ここにいてもいい”と、ほんの少しだけ感じられるようになった。
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彼の存在が、少しずつ澪の世界を変えていく。
それは、過去の自分を乗り越えていくために──