【コンテスト用シナリオ】恋は光の色をして私たちに降る

第三話 言わなきゃ良かった

◯大学構内の廊下・一限目が始まる前の朝
由良(そう、これは昨日のお礼。別に差し入れくらい変じゃないよね)
布で巻かれたお弁当箱を緊張した面持ちで手に持ってその廊下を進む
◯朝一番の準備室•廊下のすりガラス越しに中には碧らしき人影が見えている
勇気が出ず中に入れず迷っているとガラッとその扉が開いた
碧「由良?こんな所でどうしたの」
由良「へ?!あ、いや…」
急な碧の登場にしどろもどろになる
碧「何?あんま時間ないけど中、入る?」 
腕時計をちらりと見て言う
由良(ここで渡さなきゃどうするの私!)
自分に喝を入れるようにグッとその手に力を込める
由良「あ、の。昨日はありがとうございました。もし迷惑じゃなかったらこれ」
震える手でそっとお弁当箱を差し出す
碧「え?まさかこれ弁当?」
由良(うわぁ先生絶対引いてる。渡さなきゃ良かった、かも)
勇気を出してみたものの急に後悔し始めて
由良「やっぱいいです!嘘です!」
慌てて返してもらおうとする由良
碧「ふっ、嘘って。てか待って…めっちゃ嬉しいんだけど」
思いもよらない碧の反応に目を丸くする由良
碧は自分の口元を押さえて本当に嬉しそうに笑った
由良「…引かないんですか?」
碧のその笑顔にやっとの思いで出た言葉はこれだった
碧「何で?本当に嬉しいよ。ありがとう」
当たり前に嬉しいという顔で目を細めて微笑む碧が眩しく感じて由良は慌てて目を逸らした
由良「よ、良かったです!じゃあ私行きますね!」
恥ずかしすぎた由良はその場を全速力で走り去った
碧の方には振り返れなかった
◯廊下を走り抜けて講義室の付近を歩く由良・だんだんと鼓動も落ち着いてくる
由良(何あれ何あれ。あんな顔して、嬉しそうに私のお弁当をもらうなんてそんなのまるで私のこと…)
由良「いやいやいやそれはないって」
(顔の前で小さく手を振る動作をする)
ふぅ、と息を吐いたところで昨日ぶりな声が上から降ってくら
依澄「何百面相してるの?」
由良「うわっ!依澄君、いつから」
依澄「うわって、何それ?酷いなぁ」
ケラケラ笑いながら当たり前のように由良の隣に並んで歩く
由良「ごめんびっくりして」
依澄「面白いから許す。そういえばほっぺた大丈夫?」
依澄はそう言うと由良の顔を覗き込むように自分の顔を近づけてくる
由良「だ、だから顔近い…」
依澄「だってこうしないとよく見えないよ」
由良(何で依澄くんは平気なの!)
依澄の顔は近いままで息が顔にかかってどきどきしている由良
その頬に触れる依澄の指先が少しひんやりして肩をすくめる
するとヒソヒソ声が聞こえてきて由良の意識はそちらへ向いた
"やっぱりあの二人付き合ってるんじゃない?"
"だよね、距離が近すぎるもん"
"でもお似合いだよねー"
とかそんなことばかりが聞こえてくる
由良「い、依澄君。勘違いされる」
依澄と距離をとりながらそっと顔を背ける
依澄「勘違い?何の?」
意地悪な笑顔と声で依澄は顔を上げた
由良がほっとしたのも束の間、次の瞬間
碧「由良」
名前を呼ばれて振り返るとそこには不機嫌そうな顔の碧が立っていた
由良「先生?どうし」
碧「ちょっと来て」
由良が言い終わらないうちに碧はその細い腕をを引き寄せると早足で歩き出した
由良がちらりと依澄の方を振り返ると複雑そうな顔をして由良と碧を見ていた
由良「せ、先生ちょっと待って」
◯連れて来られた場所は先ほどの準備室・二人きりになる
碧は勢いよく扉を閉めると由良を壁に追いやり至近距離まで顔が近づく
(いわゆる、壁ドンという状況)
碧はいつもより低く静かな声で由良の目をまっすぐ見つめながら問いかける
碧「由良、依澄と付き合ってんの?」
その言葉に由良は目を丸くする
由良「え?付き合ってるって、どういう…」
由良の返事を待たずに急かすように聞く碧
碧「付き合ってんのかって聞いてる」
なぜそんなに碧が気にするのか、怒っているのか理解できないまま首を横に振ることし出来ない由良
碧「本当に?」
安堵の溜息のような息を吐きだす
由良「何で先生がそんなこと、気にするんですか」
碧は由良のその問いに答えることはなく距離を少し取りながら後ろを向いた
碧「ごめん。忘れて」
由良「忘れてって…」
由良(そんなの無理だよ)
碧「本当悪かった。もう授業始まるから」
由良「何、それ。意味、分かんないです」
由良は涙を一筋流して碧の真横を早足で過ぎ去ろうとする
その瞬間碧に腕を掴まれた
碧「何で、泣いてんの」
いつもより砕けた口調になり碧が動揺していることが分かる
由良「…先生のせいです」
ぐっと涙を堪えている為瞳に涙がたまる由良
そのまま碧の顔を見上げる状態になる
碧「は、?それどういう意味」
由良「私はっ、先生のことが好きなんです!それなのに依澄君と付き合ってるか聞いてきたりして…」
碧「え?」
由良(ま、って。私今何を言ったの?)
碧が耳を疑うより由良が動揺する方が早かった
しまったという顔でみるみる頬が赤く染まり俯く由良
碧「由良」
由良「私のこと好きでもないのにこんなこと、しないで…。名前なんて呼ばないで…」
由良(こんなことを伝えたいんじゃないのに)
碧「いや、違う」 
由良「何が違うんですか。そんな、思わせぶりなんてしないでほしかったです」
ついに涙をがまんできなくなり目から涙が一雫溢れる
碧「思わせぶりって由良は言うけどそんなつもりないよ。だけど傷つけていたなら謝る。ごめん」
碧は優しく由良の頬の涙を拭う
由良(ほら、それが思わせぶりっていうんだよ)
由良「…もういいです」
碧の言葉を待たずに由良は準備室を静かに出て行った
◯静かな廊下・講義開始のチャイムが鳴り響く
由良は悲しそうな顔をしてひとり静かにその廊下を歩いた

◯準備室・始業開始の鐘が鳴り響く大学内
碧「はー、俺何やってんだ」
頭に手をやりぐしゃぐしゃと髪を掻く
碧「余裕無さすぎだろ」
一限目に受け持つ授業が無い為そのまま、近くの椅子に座り込む碧
碧(由良、泣いてたな)(てか、俺のこと好きって)
その事実に嬉しい気持ちと生徒と教師が恋だなんて、というそんな気持ちに深く溜息をつく
碧モノローグ(由良のことは生徒としてちゃんと見ているつもりだった。
本当に"つもり"だっただけなんだと、さっき俺のことを好きだと言って泣いている彼女を目の前にして実感する。
"怖がらせるつもりはなかった"だとか"思わせぶりなんかじゃない"そう言ったとしても何ひとつ伝わらなくて
それならばたった一言"由良のことが好きだ"
そう言えたならどれだけ良かったのだろうか)
碧「っは、言えるわけねーよな。そんなこと」
乾いた笑いで椅子の背もたれに寄りかかった


◯由良の告白から数日、碧とは何の進展もないまま過ぎ去った
由良は何となく気まずくなり碧のいる準備室には行くけれどその頻度が減った
◯桜はすっかり葉桜になりあっという間に夏がすぐそこまで来ていた・葉桜の場面、大学の中庭木々が風にそよいでいる
由良(依澄君、今日見かけなかったな)
普段朝からいつの間にか私の隣で話をしてくれるのにその姿が今日は一日中見当たらなくて思わず探してしまう
碧「由良?どうかしたか?」
そんな由良に後ろから話しかける碧
由良「先生、いや依澄君が見当たらなくて。どうしたのかなぁーなんて」
碧「あれ?連絡なかった?風邪引いたから休むって」
由良「風邪?そんなこと一言も」
碧「季節の変わり目だろ。あいつ昔から体調崩すんだよ。あぁ、この後由良予定ある?」
由良「?無いですけど」
◯依澄の一人暮らしのアパートの目の前・スマホの地図をもう一度見て間違いないことを確認する由良
(帰り際に碧から予定を聞かれないと答えた由良は依澄に差し入れを持って行ってほしいと碧に頼まれドラッグストアに寄って一通りのものを買ってきたのだった)
確かめてから目の前にあるインターホンを押してみるが扉の向こうから返事はなくて玄関に買ってきたものだけぶら下げて帰ろうと思ったその時だった
依澄「は、い…」
ガチャッと扉が開いて振り返ればそこには今にも倒れそうな依澄が立っていた
依澄「あれ?由良ちゃん、どうしたの…ゲホッゲホッ」
顔色が悪く咳き込む依澄に由良は慌てて駆け寄る
由良「依澄君、大丈夫?!」
駆け寄る由良を手で制する依澄
依澄「夏風邪、ただの。移るからあんま近寄んないで」
由良「でもっ…心配だよ」
依澄「もー、本当そういうのいいから」
体調悪いせいでいつもよりぶっきらぼうな口調の依澄
由良「何か食べた?必要なもの分からなくてこれ、買ってきたんだけど」
そんな由良を見て依澄は"ここじゃなんだから"と結局は家の中に由良を招き入れた
依澄「本当あんま近寄んないでね。あと散らかっててごめん」
依澄はマスクを付けて由良と一定の距離を取る
◯依澄の部屋・殺風景な部屋でソファとテーブルとベッドくらいしか大きなものは無い・服が少し散らばっているけれど気にするほどの状態じゃない
由良「私こそ急に来ちゃってごめんね。熱は?」
依澄「熱?分かんない」
ソファにボスっと座る依澄
由良「ダメだよ。測らないと」
依澄「んん…」
由良「もしかしてずっとここで寝てたの?」
依澄「まぁそんな感じ」
◯ソファの目の前のテーブルには無くなりかけたミネラルウォーターと風邪薬が乱雑に置かれている
由良「私、何か作るよ。迷惑じゃなければだけど」
言いながらキッチンに入って行く由良の後ろ姿を優しげな顔で見つめる依澄
依澄「ありがとう」(その呟きは由良には聞こえていない)
◯冷蔵庫はほとんど何も入っておらずお粥を作り横になっている依澄の所に持っていく由良
由良「起き上がれそう?」
依澄「うん、大丈夫」
ふわりと柔らかい顔で微笑む
由良「良かった。食べたら寝てね。お薬はまだある?」
依澄「由良ちゃん心配しすぎ。僕子どもじゃないんですけど」
小さく声を出して笑う姿に自然と由良の頬も緩んでいく
依澄「ご馳走様でした」
カランと器にレンゲをおいた音がして依澄が顔の前で両手を合わせた
そして横にある薬を飲んでまたソファに寝転がる
由良「辛いよね」
前髪をどかして依澄のおでこに触れると結構熱かった
由良「あつ…ね、ベッドで寝よう。体休まらないよ」
依澄「ん、分かった」
由良がそう促せば素直に依澄は頷いた
◯依澄の体を支えながらベッドまで一緒に行く・ベッドに着いたところで由良が縁につまづいて足がもつれたまま依澄とベッドにダイブするような形になってしまう
由良「きゃっ、ごめん!」
今の体勢はというと、横になった依澄の腕に抱き締められるような形ですっぽり体がおさまっている
依澄「由良ちゃんあったかい」
ふいに依澄の腕にギュッと力がこもった
熱っぽい声が耳元の近くでして由良の鼓動が早くなる
由良「離、れるね?」
必死に平静を装って依澄の腕をどかそうとしているともうその声は寝息に変わっていた
由良「え、寝ちゃった…」
なす術もなく仕方ないかとしばらくそのままでいることにした
熱のせいもあるのか依澄君の体が温かくて由良で眠くなって目を擦る
気づけば由良は目を閉じていた

◯眠りから覚めて目を開ける依澄・窓の外が暗く夜だということを認識する・自分の横で小さな背中が丸まっているのが目に入った
依澄「由良、ちゃん」
掠れた自分の声は由良に届かずに消えていく
依澄(え?待って待って待って…何で由良ちゃんがここで寝てんの?)
ひとまずそっとベットから抜け出してミネラルウォーターのペットボトルを手に取る
依澄(…僕何かやった?いやいやいやそんなわけないって…)
依澄「痛って!」
ひとりで考えながら落ち着かずに部屋の中をウロウロしていたらテーブルに足をぶつけて思わず大きな声が出る
由良「依澄くん…おきたの…?」
依澄の声で由良が目覚める
目を擦りながらまるで猫みたいな雰囲気を纏っている
依澄(寝起きの由良ちゃん危険すぎ)
依澄「無自覚怖い」(この言葉は由良に聞こえていない)
依澄「う、うん」
由良「まだ無理はしちゃだめだからね!」
段々と目が覚めてきたのかキリッと話す由良
依澄「うん。分かった…んだけど」
依澄(何も無かったってことで大丈夫だよね?由良ちゃんも普通にしてるし)
由良「どうしたの?やっぱりまだ寝てた方が」
依澄が一人で問答していると駆け寄ってきた由良の小さな手を掴んで
依澄「何でもないよ。あのさ、もうちょっと一緒にいたいんだけどだめかな」
依澄は精一杯の勇気でそう言った
由良「え…?あ…そんなことなら全然」
依澄がチラッとその表情を覗き見れば頬を赤く染めて目を伏せる由良がいた
依澄「やった」
はにかむ依澄
依澄(ねぇ、僕は今君にどう見えているのかな?自分で見たら多分すっごい恥ずかしい顔してるんだろうな)

◯依澄の自宅・時刻は22時を過ぎていた
依澄「もうこんな時間だ…ごめんねこんな遅くまで女の子なのに」
由良「ううん全然」
依澄「あのさ、全然変な意味はないんだけどその、もし良かったらこのまま泊まって行く?」
少し顔を背けながら話す依澄
由良「えっ、と」
思ってもみなかった言葉に間抜けすぎる声が出てしまう
依澄「まだ由良ちゃんと話したい、なんて」
照れ臭そうにそんなことを言う依澄に由良は嬉しいような、それでいて複雑な心境になる
依澄「…やっぱ何でもない!ごめんね!」
由良「依澄君」
依澄(由良ちゃんの好きな人は碧君なんだから、何やってんだ僕は)
依澄「近くまで送ってくよ。着替えてくるから待ってて?」
有無を言わせないそれに頷くしかなかった

◯依澄がその場を離れてからすぐにポケットに入れていたスマートフォンが震えた
由良「もしもし」
碧「あぁ、由良?依澄大丈夫だった?」
由良はさっきのやりとりを思い出して少し気まずくなり言葉に迷っていると
依澄「由良ちゃん?」
依澄の声が耳の後ろから聞こえてきた
碧「まだ、帰ってなかったんだ」
受話器から不安そうな声が聞こえてくる
由良「今から、帰ろうと思ってて」
そう口にして依澄が初めて由良が電話中ということに気がついた
依澄「あ、電話してたのか。ごめんね」
依澄はそう言って謝ると先に玄関の方へと向かった
由良「先生あの」
碧「気をつけて帰れよ」
由良「はい…」
碧「はーあ、俺が依澄んとこ行けばよかったな」
由良「え?」
碧「由良がこんな時間まで依澄の部屋にいるんだと思うと、ね。今の、無し。これ以上格好悪いこと言いたくないから電話切るわ」
由良はほとんど何も返事が出来ずに切られた電話に呆然としつつ足は玄関に向かっていた
由良「お待たせ」
そんな由良の顔を見て
依澄「なんて顔してんの」
と驚いたような切なそうな顔をする
そして気づいた時にはもう依澄の腕の中で由良は自分が抱き締められてると気付くのに時間はかからなかった
由良「ね、ねぇ。依澄君」
依澄「碧君と話してた?」
由良の耳の近くでいつもより低めの掠れた声がする
由良「うん…」
由良(でも何で知って)
依澄「なんでって思ったでしょ。わかるってそんなことくらい。だって碧君の好きな人は由良ちゃんだもん」
由良「嘘だよそんなの」
依澄「まだ、わかんない?」
由良(分かんないって何を?)
由良「だっ、て…先生は私に好きなんて」
依澄「由良ちゃん、言葉だけが全てじゃないんだよ」
依澄はそう言うと抱き締めていた体を離して由良の目をほんの僅かに見つめた後優しくキスをした
依澄「帰したくない。由良ちゃんのこと」
熱っぽいその瞳が由良を捉えて離さなかった
依澄「好きだよ。どうしようもなく君が好きだ」
◯静かな玄関・乳白色の蛍光灯がふたりを包む
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