愛のち晴れ 海上自衛官の一途愛が雨女を幸せにするまで
「あの、私……」
言いかけた言葉をのみ込んで、手をギュッと握りしめた。
水瀬さんは、相変わらず真っすぐな目を私に向けている。
琥珀色の瞳に見つめられると、心の奥まで見透かされているような気分になった。
ああ、もう。こうなったら、なるようになれ!だ。
「じ、じつは私、漫画を描いてるんです!」
「漫画を描いてる? って、漫画家ってことか?」
「いえ……商業的なデビューはできていないので、今は漫画家を目指しながら、ここで働かせてもらっている感じです」
悩んだ末に、私は、正直にすべてを打ち明けることにした。
根拠はないけれど、彼なら何を言っても馬鹿にせずに、受け止めてくれるような気がしたから。
「なるほど。だからあのとき、〝恋愛してなきゃ漫画を描いたらダメなのか〟って、海に向かって叫んでたのか」
水瀬さんから返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。
「どういうことだろうって、気になってたんだ」
「え……あのとき、水瀬さんはイヤホンをつけてましたよね?」
「ん? 充電切れてて、耳に入れてただけだよ」
さらりと言われて、私は一瞬、愕然として固まった。
まさか、全部聞かれていたなんて。
肩を落とした私は、頬にかかった髪を耳にかけながら、深いため息をつく。
「私が叫んでいたことは、忘れてください。それで、私……休日は漫画を描かなきゃいけないから、出かけている場合じゃなくて」
話を戻した私の視線は、自然と下に落ちていた。
言いながら、改めて思ってしまった。やっぱり今は、休日は漫画に集中しなきゃダメだ、って。
せっかくチャンスをもらったんだから、やれることをやらなきゃいけない。
心の中でつぶやいたら、なぜだかすごく気が重くなった。
「〝描かなきゃいけない〟って、まるで義務みたいだな」
すると、話を聞いた水瀬さんが、少しだけ眉をひそめた。
「義務?」
「ああ。仕事になれば、義務にもなりうるだろうけど。君は、描くのが好きだから漫画家になりたいんだろ?」
穏やかだけど、とても力強い声だった。
視線を水瀬さんに戻した私は、彼を見つめながら唇を引き結んだ。
漫画を描くことが義務──。たしかに最近の私は、自分で自分を追い込んでいた。
そのうちに、〝描きたい〟と思えるものが何かわからなくなって、今では漫画を描くことを、楽しいと思えなくなっていた。