愛のち晴れ 海上自衛官の一途愛が雨女を幸せにするまで
 
「陽花はそれでも大丈夫?」
「あ──は、はい。大丈夫です」

 どうにか心を落ち着かせて返事をすると、航さんは右腕につけていた腕時計に視線を滑らせた。
 シルバーのダイバーズウォッチは、深海をイメージさせるブラックフェイス。重厚なデザインは洗練されていて、持ち主の雰囲気によく似合っている。

「今が、一一三〇(ヒトヒトサンマル)だから──」
「ヒトヒトサンマル?」
「あ、ごめん、つい癖で。十一時三十分、だな」

 どうやら自衛隊ならではの時間の言い方らしい。
 航さんはまた気まずそうに言い直すと、不意に私の前に下ろした手を差し出した。

「え……え?」

 突然のことに驚いた私は、彼の顔と手を交互に見てしまう。

「人が多いし、はぐれないように、念のため(つな)いでおこう」

 親切心なのだとわかって、私は迷った末に、おずおずと手を取った。
 大きな手は骨ばっていて、包み込まれるような温もりがあってホッとする。
 思わず繋いだ手を見つめていたら、優しく握り返された。

「それじゃあ、行こうか。でも、プレゼントを探す前に行きたいところがあるから、寄ってもいいかな?」
「え? あ……は、はい。わかりました」

 意識を浮上させて頷くと、彼はやわらかい笑みを浮かべた。
 航さんが行きたいところって、どこだろう?
 気になるけれど、あえて聞かなくてもついていけばわかるよね。
 そのまま私たちは、雨を避けるように駅構内を歩き始めた。
 時折、航さんは行き交う人たちの波から私を守るように引き寄せてくれる。
 そのたびに私はまた余計なことを考えそうになったけれど、雨の音も、駅の喧騒(けんそう)も、ふたりで一緒に歩いているうちに、不思議と気にならなくなっていった。
 
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