わななく羽
さっぱり切った黒髪の似合う一重のつり目の彼はかすれぎみのテノールの美声の持ち主で、しゃべると突然ふわっふわになる。その特徴で営業部に入れなかったとの噂があるくらいだが、本人は総務部で穏やかに過ごしている。口調はふわふわだが動作はきびきびしているし仕事は速くて正確。でも、しゃべるとふわっふわのマシュマロ系色白イケメンだ。当然、社内でも男女問わず人気が高い。
右目の下に小さく3つ並んだ黒いホクロがあって「オリオン座」なんて呼ばれている。ニックネームではないけれど、たまにみんな冗談で彼をそう呼ぶ。彼もゆるーく返事をする。
Tシャツの背中が肩甲骨に沿って黒く染まっている。めずらしいことだ。彼がこれほどの汗をかくなんて。
(このひとの汗を見るのは私だけの特権かと思っていたけど)
ホールドをつかむ手が蜘蛛のようだ。クリオネの口か。人間の指ってそんなに開くんだと妙なところで感心してしまった。
手の甲に浮き上がる太い骨と青い血管。いつもは澄ました顔でファイルや資料を持つ手が、今は斜面の岩に見立てた突起をつかんでいる。必死で。落ちないように。
手を広げれば広げるほど、上腕の筋肉が盛り上がる。腕が張る。肩甲骨が浮き上がる(羽が広がる)。汗じみまで翼のよう。
ついに彼の右手がピンクの「G」をつかんだ。両手でしっかりとつかみなおし、ゴールを遂げたあと、
なぜか、そこにぶらーんとぶらさがっている。(命綱はある)
(魚の干物……?)
「できたよ!!」
私を振り返ってそう快な笑顔を見せる。子ども、と言うか少年みたい。
私のそばにふわっと降り立った彼が、ニコニコしながら私からタオルを受け取り「ありがとぉ」と間延びした声で言う。
(あ、ふわふわに戻っちゃった)
「ね、俺のこと好きになった?」
右目の下に小さく3つ並んだ黒いホクロがあって「オリオン座」なんて呼ばれている。ニックネームではないけれど、たまにみんな冗談で彼をそう呼ぶ。彼もゆるーく返事をする。
Tシャツの背中が肩甲骨に沿って黒く染まっている。めずらしいことだ。彼がこれほどの汗をかくなんて。
(このひとの汗を見るのは私だけの特権かと思っていたけど)
ホールドをつかむ手が蜘蛛のようだ。クリオネの口か。人間の指ってそんなに開くんだと妙なところで感心してしまった。
手の甲に浮き上がる太い骨と青い血管。いつもは澄ました顔でファイルや資料を持つ手が、今は斜面の岩に見立てた突起をつかんでいる。必死で。落ちないように。
手を広げれば広げるほど、上腕の筋肉が盛り上がる。腕が張る。肩甲骨が浮き上がる(羽が広がる)。汗じみまで翼のよう。
ついに彼の右手がピンクの「G」をつかんだ。両手でしっかりとつかみなおし、ゴールを遂げたあと、
なぜか、そこにぶらーんとぶらさがっている。(命綱はある)
(魚の干物……?)
「できたよ!!」
私を振り返ってそう快な笑顔を見せる。子ども、と言うか少年みたい。
私のそばにふわっと降り立った彼が、ニコニコしながら私からタオルを受け取り「ありがとぉ」と間延びした声で言う。
(あ、ふわふわに戻っちゃった)
「ね、俺のこと好きになった?」