わななく羽
「ぜーんぜん」
「残念」
私のつれない返事にも彼はニコニコしている。甘さひかえめのスポーツドリンクのペットボトルを差し出したら、
また「ありがとぉ」と言って両手で受け取りグビグビ飲みはじめた。

(ひとつひとつの動きが丁寧なんだよね。育ちが良いんだろうな)
普段がそうだからこそ、夜とのギャップが楽しい。
(楽しいと思っているうちに彼との関係を清算したい)
少しずつ、少しずつ、自然消滅に持っていきたい。自分の可能性を広げたいから。
(きみを好きになりたくないから)

ちょっとは惜しいと思ってるけどね。きみを手放すのは。

彼の汗があらかた引っ込んだところで、今度は私が登ることにした。
トレーナーに着いてひとつずつ確実に、ゆっくりとホールドに足をかけ、次のホールドを目指す。
(あれ? 見た目よりずっときついぞ。これ)
ホールドは壁に打ち込まれているが形がふぞろいで、ヘタしたら踏み外してしまいそうだ。命綱のワイヤーがあるので落ちても平気だが落ちたくない。彼が一度も落ちずに登り切ったからだ。
早々に汗が噴き出してたらたら顔を滑り首を流れ背中や胸に落ちる。Tシャツの下にキャミソールを着ていてよかった。下着が透けない。(今さら感はあるが)

「好きになる」と言うことからいちばん遠い場所で、自分の恋愛を冷めた目で見ている。誰も愛せないと言うわけではない。
常に自分を俯瞰していないと不安になる。自分が優位に立っていたい。自分がリードしたい。(それってワガママ)
でも、恋心よりプライドが勝つ。そうでないと生きていけない。私じゃない。
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