わななく羽
ジムのすみのベンチに移動し、ふたりでスポーツドリンクをならんで飲みながら、
私はふととなりの彼にそう聞いてみた。
「きみのこと好きになったら俺のこと好きになってくれるの?
そうじゃないでしょ? きみは」

彼が私をじっと見て言う。ふわふわの口調だったが内容はとても厳しいものだった。
(このひとを好きになれたらどんなにか良いだろう。
だけど、未来を描きたくない。見たくない。私、まだ結婚したくないし子供も欲しくない。仕事したい)

「俺はきみのこと好きだけどそれは俺の都合だから。
きみが俺のことどう思っていても構わないよ。気にしない」
(え)
彼がニコッと笑った。白い前歯を見せて。無邪気な笑顔だったが、右目の下のオリオンはゆがんでいた。
「俺の努力は、なるべく長くきみのそばにいられるようにすることと、なるべくきみの邪魔をしないことだ」
「矛盾してるけどね」そうつぶやいて笑った彼のオリオンは、まだゆがんでいた。

「きみが私のこと好きだなんて冗談でしょ?」
「そうだったらよかったんだけどね」
私の問いに彼はひと口ドリンクで口の中を潤し、それから私をまたじっと見た。
「自分のさみしさをきみのため、とか言って正当化しているうちに、本気で好きになっちゃった」
(え)
今、
わなないているのは背中か。震えて震えて、動揺してこんがらがっているのは、私の。

「今夜もおいでよ。俺の家に」
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