フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
一心不乱に取り組んだ結果、午前中で修正はすべて終わる。
 
昼休みに突入し、楓はカバンから自家製おにぎりとペットボトルのお茶を取り出した。
 
まったく食欲はないけれど、なにか食べないと集中力が途切れてまたミスをしてしまう。それだけは避けなくては。
 
今日も山口のもとに太田がやってきている。いつものやり取りがはじまるのだろう。けれど今日は観察をする気にはなれなかった。
 
ぼんやりとしながら、味のしないおにぎりをもぐもぐとしていると、どうしてか山口がデスクの島を回り込み、空席になっている楓の隣に腰を下ろした。

「藤嶋さん、お疲れさま。ちょっといいかな?」

「……お疲れさまです。はい」
 
答えるとつられたように太田もこちらへやってきて、楓をはさんで山口と反対側に立った。

「なんかここ二、三日、調子悪いけど大丈夫?」
「え? あ、はい、お気遣いありがとうございます。ミスしちゃってすみません」
 
ここのところのミス連発の件につきお叱りをうけるのだろうかと身がまえた。先輩として目にあまるといったところだろう。
 
そう思われて当然だ。
 
けれど彼女から出た言葉はそれとは真逆の内容だった。

「あれくらいのミスはみんなしてるからさ、気にしない気にしない。それより私が心配してるのは藤嶋さん自身のことだよ」

「え? 私……ですか?」
 
意外な言葉に楓はきょとんとしてしまう。

「だって藤嶋さんがこんなにミスするなんてよっぽどのことじゃない。なんかあったのかな?って」
 
その通り。
 
実は失恋したんですとは言えないけれど、それだけ楓のミスは、目立っているのだろう。
 
かえすがえす申し訳ない。
 
それよりも意外なのは山口がミスではなく楓を心配しているということだった。

「……でもどうして、私の心配なんかするんですか?」
 
すると今度は山口の方がキョトンとした。

「どうしてって、そりゃするでしょ、経理課の一員なんだから」

「一員?」
 
不思議な言葉を聞いたように、楓は目をパチパチとさせた。
 
確かに楓は経理課所属の社員だ。けれど座敷童子的存在で、まさか一員と表現されるとは思わなかった。
 
そんな、まるで仲間のように。

「ねえプライベートでなんかあった? 無理に聞き出すつもりはないんだけどさ、話すと楽になることもあるよ。そだ、気晴らしにたまにはぱぁっと飲もうよ」
 
山口の言葉に隣の太田がのっかる。

「人生経験豊富なぐっちゃん先輩に話を聞いてもらったら楽になるかもしれないよん。恋愛話なら俺が聞くし」

「そんなに歳上じゃないし。てか恋愛話も私聞けるし。あんたは来るな」

「えーなんで? どうして? 仲間はずれはんたーい!」

「不適切発言を連発しそうだからよ」
 
楓を挟んでの、いつものふたりのやり取りに、思わず楓は噴き出した。
 
我慢できずに笑っていると、ぴたりとふたりが会話を止めた。

「あ、……す、すみません」
 
いつもはこっそりと楽しんでいるふたり劇場だけど、間近に見てしまうとどうにも我慢できなかった。
 
楓の胸が嫌な感じにドキドキする。
 
どうしよう、嫌なやつと思われたかも。
 
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