フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
山口がニカッと笑った。

「謝らなくていいよ、太田が変なことばっか言うからでしょ? 毎日変な先輩遊びにきて迷惑だよね」

「いやいや、ぐっちゃんが俺をいじめてるのを見てるのが楽しんだよね。……え? 楽しい? じゃなくて助けてよ〜」

「だからそれがふざけてるって言ってるの」
 
あっけらかんとしたふたりの反応に、楓はポカンとする。
 
なんていうか拍子抜け。
 
楓がこんな風に誰かの会話に混ざれるのは久しぶりだ。

「藤嶋さんってさ、いつもお昼休み、私たちのことニコニコして見てるよね」
 
その言葉にギクッとなる。
 
今度こそ気持ち悪いという苦情かな、と思いきやそうではないようで。

「話に入ってきたらいいのにって思ってたんだよね。もっとお話ししてみたかったんだ」
 
そう言って山口はニコニコしている。
 
——もしかして、嫌がられてない?

「ねえねえ、ほんとに飲みに行こうよ。あ、藤嶋さんはアルコールはよくないか。飲まなくていいんだけど、お話ししよう」

「お兄さんが美味しいお店に連れててあげる」
 
からかっているわけではなさそうなふたりを交互に見る楓の中で、もしかして、という気持ちと、期待しちゃダメという思いが戦った。
 
でもすぐに期待しちゃダメという気持ちが勝ちそうになる。
 
妄想世界の住人が、リアルな世界の彼らに仲良くしてもらえるはずがない。
 
それにしても。
 
どうしてこのふたりは私と話したいのだろう?
 
私といて面白いことなんかなにもないのに。
 
からかってる?
 
一瞬そう思うけれど、それはないと打ち消した。
 
気配を消しながらもずっとふたりを観察してきた。そんなことをする人たちじゃない。

「あ、でも、やっぱり無理にとは言わないよ。そんな気分じゃないよね」
 
楓の迷いが伝わって、山口が慌ててそう言った。
 
いつもの楓なら、断るの一択だ。
 
妄想世界の住人が、不用意にリアルと関わったら、痛い目をみる。それは嫌というほどわかっている。たった数日前に思い知ったところなのだから。
 
——でも。
 
それでいいの?
 
頭の中で誰かが問いかける声が聞こえた。
 
ずっと妄想世界に閉じこもったまま、これからもこのままで。
 
あのデートの日。
 
伊東に連れていってもらったスカイツリーから見た景色。晴れ渡った東京の街が頭に浮かんだ。エレベーターで感じたドキドキと、全身で感じた高揚感。
 
妄想世界も素敵だけれど、リアルはもっと素晴らしい。
 
失恋したからといってまた閉じこもって、それで全部忘れられる?

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