フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
信用できないって、謝らせてほしいって?
 
なんのこと?
 
一方で、太田はまるでこうなるのがわかっていたみたいに落ち着いていて、相変わらずニヤニヤしている。

「やっと来たか。王子って案外チキンなんだ」

「ついさっきまで残業してたんですよ! それよりアルコール飲ませてないでしょうね」

「アルコールを使って口説くようなゲスな真似はしないよん」
 
会社と違ってなにやら剣呑な雰囲気でやり取りをするふたりを交互に見ながら、なにが起こっているのだろうと考える。
 
が、さっぱりわからない。
 
伊東の様子から察するに偶然通りかかったというわけではなさそうだ。
 
とにかく事情を聞こうと口を開きかけた時、山口が戻ってきた。

「あれ? 伊東くんじゃん! どうしたの? 今帰り?」
 
楓と同じようにキョトンとしている。
 
問いかけられた伊東の方も彼女の登場には驚いたようで、いつものにこやかな対応を忘れ言葉を失っている。
 
太田だけが落ち着き払って、してやったりといった表情で伊東を見た。

「俺、ふたりきりだって言った?」
 
そのひと言で、伊東はなにかを察したように、肩の力を抜いた。

「太田さん……。どうして、こんなことを?」

「べつに、理由なんてないけど。俺面白いこと好きなんだよね。もちろん子リスちゃんを気に入ってるのは本当だけど、それよりもいつも完璧な王子が調子を崩してくのがたまらなく面白くてさ」

「……悪趣味ですね。ただ、情けないですが、こうでもされないと動けなかったのも事実なので、感謝します」
 
楓にとってはまったく意味不明のやり取りをふたりは目の前で繰り広げる。それは山口も同じだ。

「ねー、なに? どういうこと? 太田、伊東くんも誘ってたの?」
 
冷静さを取り戻した伊東が彼女に答えた。

「僕は藤嶋さんを迎えにきたんですよ」

「え⁉︎ 伊東くんが楓ちゃんを?」
 
声をあげる山口に太田がすすすと近寄って、なにやら耳打ちをする。途端に彼女は頬を緩めた。

「あ、そういうこと? うへへ、なるほど」
 
え? どういうこと?と、首を傾げる楓をよそに「なるほどなるほど」と繰り返しながら、太田とふたりそろそろと離れていく。

「え? 山口さ……」

「私と太田は、ここで失礼するよ。伊東くん、楓ちゃんを責任もって送り届けてよね」

「はい、了解です」
 
いったいなにがどうなっているのか尋ねる隙を与えずに、ふたりはそそくさと去っていく。

「いや〜若いっていいね〜ぐっちゃん。懐かしいでしょ」

「懐かしいって、だから私たちそんなに歳上じゃないし」
 
あれこれ言い合いながら帰っていくふたりを啞然としながら楓は見送る。
 
心理的にも物理的にも置いてきぼりにされてしまって振り返る。

「えーっと……⁇」
 
首を傾げて伊東を見ると、彼は相変わらずなにやら深刻な表情だ。

「楓、話を聞いてくれ。とりあえず場所を変えよう」
 
そう言われては、もう頷くしかなかった。
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