フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
一旦ひとりになって情報を整理したい。じゃないと、リアルキュン死、人類第一号になりそうだ。
 
そこへ。

「……これくらいで?」
 
すぐ近くから声が聞こえて、ギョッとして顔を上げると、いつのまにか伊東が隣に来ている。

「わ」
 
どうしてこんなに近くに?と思いながら見つめると、伊東が低い声を出した。

「好きだ、楓。俺が俺でいられるのは楓の前だけなんだ。俺にはお前が必要だ。恋人になってくれ」
 
真摯な言葉の温もりが、楓の胸にじんわりと広がった。

『俺が俺でいられる』
 
楓だって彼の前ではそのままの自分でいられた。
 
自分が思っていたのとまったく同じことを彼も感じていたということだろうか。

「私も、伊東さんの前では自分らしくいられます」
 
ようやく脳が目の前の現象を現実と捉えたようで、正常に動きだす。動くようになった口で、そう伝えると大きな手に熱くなった頬を包まれる。

「私も、伊東さんが……その……す、す、す……」
 
けれどやっぱりその先は、なかなか言えなかった。
 
妄想と現実は全然違うと改めて思い知る。
 
好きな人に、自分の気持ちを言葉で伝える。
 
小説や漫画で何度も見た、ただそれだけのことが、こんなに難しいなんて!
 
楓がなにを言おうとしているのか、もうわかっているであろう伊東は急かすことなく待っている。
 
——が。

「無理、ハードルが高すぎる!」

「俺も言葉で聞きたいんだけど」

「い……言わなくても、もう十分伝わってるような」
 
あわあわとして言うと、まるでそれをからかうように見て、伊東は余裕の笑みを浮かべる。
 
どうやら両思いだと知っていつもの調子が戻ったようだ。

「俺は、楓の口から聞きたい」
 
楓の髪をひとふさ掴み口づける。わざとらしく、王子さまモードになってそう言った。
 
途端に楓の頭の中でピンク色の爆弾が爆発し、てっぺんから煙がでる。
 
だからこれ以上はキャパオーバーだって言ってるのに……!

「だってだってここはお店だし、マスターも……って、あれ? マスターは?」
 
いつのまにか、カウンターの中はもぬけの空になっている。

「帰ったよ」

「え? 帰った?」

「うん、楓が『伊東さんも?』って言い出したあたりで。ここのマスター、俺の叔父なんだ。今日はもう客は来ないだろうし、ふたりでゆっくりすれば?ってこと。戸締りは俺ができるから」
 
ふたりがいい感じになったのを見届けてから、帰っていったのだ。
 
なるほど……ていうか。

「お身内の方⁉︎」
 
恥ずかしい話をしたけれど、BARのマスターならこのくらいは慣れているだろうしと思っていたけれど身内となれば話は別じゃ……⁉︎
 
伊東が気まずそうにした。

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