恋うたかるた

「今度来るとき、買い物に付き合ってもらえないかな」

 11月の第3日曜に家事代行で訪れた志織の作業が終わると、沢田が訊ねた。

 その日も大した作業をする必要のない、時間を持て余す2時間だった。

「もちろん構いませんが、いつでしょう?」

「姪っ子に子供が生まれるんだ」

 その祝いの品を探すのに付き合ってほしい、という志織個人へのリクエストだった。
 そして、2週間後の訪問が約束された。



「あのう…」

「ん? なに?」

「いつもきれいにされているので毎月でなくてもいいような気がして…」

 ずっと思っていたことを志織は沢田に告げた。

「いいんだよ。 そのほうが松石さんの評価も上がるだろう?」

 それは確かだった。

 固定客が定着するとインセンティブとして報酬が得られる仕組みがあるし、個人の評価にもつながる。

「それにさ、あなたに会いたいしね」

 まるで冗談であるかのように笑いながら付け加えた沢田に、志織はどう返してよいか困るのだった。



「これ、お気に召すかどうかなんですけど…」

 帰り際になって志織は小さな包みを沢田に差し出した。

「何それ?」

「先週お誕生日だったでしょ?」

 かつて先輩の山際美沙と一緒にそのプレゼントを渡したことがあったから彼の誕生日は覚えていたのである。

「そんなのよく覚えていたね。 あ、申込書に書いたか…」

 沢田は嬉しそうな表情で包みを開くと取り出したライターに火をつけた。

「ずっと100円ライターだからね、ありがとう」

「ガス、少ししか入っていませんから…」

 包みを入れていたギフト袋にあるガスボンベのことを知らせると、志織は照れるようにあわただしく席を立った。
 
 2週間後にまた会える、思うだけで彼女は満足だった。



 志織が部屋を出たあと、沢田が気づいたギフト袋の底の小さな封筒から出てきたのは1枚のかるただった。


『つくばねの 峰よりおつる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる -陽成院-』


 男歌だったが、男体山と女体山で成る筑波山から流れる男女川(みなのがわ)の流れになぞらえて、深まりゆく恋心を歌ったものだということを知っている沢田は、しばらくその小さな絵札を手にしたまま、そそくさと志織が帰っていった理由がわかったような気がした。

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