恋うたかるた
 
 異動してひと月が経つ頃、月曜と金曜、週2回の内勤業務の手順もわかってくると志織も新しいパターンに慣れて落ち着きが出てきた。
 
 拘束時間が増えたことは負担だったが、上司の井川が言ったように特別新たな仕組みになったわけではなかったし、同僚も歓迎してくれていたので馴染は早かった。

(あと3年、できればそのあと4年…)

 瑞穂の高校卒業までは頑張らなければいけなかったし、大学にも行かせてやりたかった。

 思いやりのある娘に育った娘のおかげで、母娘ふたりの日々はそれなりに穏やかで平和ではあったが、夫がいればこの苦労はしなくて済んだかもしれないのに、と思った。

 仕事に慣れてきたこともあり志織は改めて、どうして別れることになってしまったのか、ふと思い返す時間が手紙を受け取って以来急に増えたことに気づいた。

(考えたくないのに…)



 たしかに、近くに助けを求めることができる近親者もなく、初めての子供の世話に戸惑って夫に眼を向けることが少なくなっていたかもしれなかったが、それだけではなさそうだった。
 
 もともと夜の営みも多くなかったし、子供が欲しかった志織のための作業のようになっていたそれも、彼女が妊娠すると全く途絶えた。

(とっくに、別の彼女がいたのね…)

 完璧主義ではないまでも、いろんなことをきちんと行ないたい性格の志織は、瑞穂に手がかかる時期、そういうことにさえ気が回らなくなっていたのである。

 女としての魅力がなくなっていたのかと思うと悲しくもあったが、瑞穂が父親を嫌ったり恨んだりする様子がないことを見ていると、夫の心が離れていった理由はもっとほかのところにあるような気がした。

(考えるの止そう… 今わたしには沢田さんがいる…
 もう15年も経ったおばさんなのに、かわいいと言ってくれた沢田さんがいる…)


 
 短いクラクションがうしろから聞こえ、客先へ向かう車で信号待ちをしていた志織は、慌ててアクセルを静かに踏むと、パッシングライトを一度点滅させて後続車に詫びた。

(だめだめ、運転に集中しなきゃ)

 しっかり前を向くと、志織は落ち着いてハンドルを握り直していた。


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