近くて、遠い、恋心

未来へと続く道

「なんで、この男がいるんだよ!?」
「はは、そりゃぁ居ますよ。私は夏菜さんのサポート役で現地に入りますから」

 大小のスーツケースをひく旅行者、見送りの家族、ビシッとスーツを着たビジネスマン、雑多な空港内ロビーに理人の怒号が響く。しかし、その声に注目する者はいない。チラッと横目に、皆、通り過ぎていく。しかし、当事者はそうも言っていられない。
 アメリカまで同行してくれる佐々木さんと偶然会ってしまったのが運の尽き。背後へと私を隠し佐々木さんを威嚇する理人には周りも見えていない。
 どうして、佐々木さんが絡むとこうなってしまうのか? 理人は人前で怒りを爆発させるようなタイプじゃないのに。
 そんな私の憂いをよそに、二人の言い合いはヒートアップしていく。

「勝手に妹を呼び捨てにするな!!」
「心の狭い男は嫌われますよ。では、夏菜さん出発の時間には遅れずに」

 手をふりふり遠ざかっていく佐々木さんの背中を見送り、大きなため息を吐き出す。
 佐々木さんに告白されたことも、彼の告白を断ったことも理人には伝えたはずなのに、理人の佐々木さんへの敵愾心は相変わらずだ。今も遠ざかる佐々木さんの背を睨んでいる。
 理人の嫉妬を嬉しく思う反面、大切な仕事仲間へ失礼な態度を取り続ける理人の姿勢にため息が出る。これで『夏菜さんに振られても諦めるつもりはないよ。人の心はうつろいやすいものだから』と、佐々木さんに言われたことが知られたら、どんな暴挙に出るかわからない。

「ねぇ、理人。もう行こう」

 佐々木さんから注意を逸らすため、理人の背を引っ張ればすぐに振り向いた彼と目が合う。愛しい者を見つめるかのように細められた目と優しい笑顔に心臓がはねる。そして甘く視線が絡めば、頬に熱がたまっていく。
 数ヶ月前までは、理人と恋人同士になれるなんて、想像できなかった。
 あの時は理人の優しさに触れ、太陽のような明るい笑顔を見るたびに、心の中に隠した恋心があふれそうで辛かった。それなのに、今はこんなにも彼の笑顔に癒される。
 差し出された手に手を重ねればキュッと握り返してくれる。恋しい人と手を繋ぎ、空港内を歩く。こうしていられるのもあとわずか。次に理人に会えるのは何年後かわからない。
 あふれそうになる涙を堪え唇を噛めば、私の異変に気づいた理人が足を止め抱きしめてくれる。辛い時、苦しい時、いつも最初に手を差し伸べてくれたのは理人だった。
 ずっと妹だから気を遣ってくれているのだと思っていた。でも、今ならわかる。ずっと昔から理人に愛されていたと。

「夏菜、泣くな。笑顔で別れるって決めただろう」

 理人の声にも切なさが混じる。彼もまた、私との別れを辛いと感じてくれているのだろうか。
 人の心はうつろいやすいもの――、それは理人にも言えること。彼と離れることで、理人が心変わりする可能性だってある。数年後、再会した時、理人の隣に見知らぬ女性が立っていたらと考えるだけで、全てを投げ出したくなる。でも、それではダメなのだ。
 理人と離れ、成長した私を見てもらいたい。理人の"妹"ではなく、自立した一人の女性として自信をつけ、彼の隣りに立ちたい。
 ずっと二人で歩いて行きたいから。
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