近くて、遠い、恋心

歪な家族

 佐々木さんの後に続き喫茶店を出れば、夕暮れ時の街の風景はネオン輝く夜の街へと変わっていた。
 金曜日の夜、街中は手を繋ぎ歩くカップルや酔っ払いのサラリーマン、すれ違う人達は皆一様に楽しそうだ。

「そう言えば……、夕飯食べてませんでしたね。稲垣さんがよろしければ、一緒にどうですか?」

 佐々木さんの提案に時計を見ればちょうど八時を回ったところだった。
 思ったより時間が過ぎていたことに内心焦りつつ、夕飯はいらないと今朝、理人が言っていたことを思い出し少しホッとする。
 母が旅行中でなければ、『こんな時間まで連絡一つ寄越さないで何やっていたの!』と怒られていたところだ。
 義父と結婚するまで女手一つで私を育てていた母に娘と過ごす時間なんてなかった。養育費を稼ぐため昼夜問わず働き、幼い私の面倒は祖母の担当で、中学生になり祖母が亡くっなってからは、家にいない母に代わり家事は何でもやった。そんな生活を長年続けていれば、母との想い出なんて無いに等しい。
 母にとって私は、守らねば生きていけない子供のままで、二十六歳になった今でも変わらない。
 過保護すぎる母の存在は、時に窮屈で反発したくもなる。そんな親子関係を察して、上手く取りなしてくれるのが義父だ。
 今回も親子のいざこざが増えてきた頃合いを見て、母を旅行に連れ出してくれた。本当、よく出来た義父だと思う。
 という訳で、家には誰もいない。一人寂しく夕飯も嫌で、私は佐々木さんの誘いに乗ることにした。
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