売られた令嬢、冷たい旦那様に溺愛されてます
知っている。亡くなった奥様の名前。

お父様が、そう言っていた。彼の愛した女性。

私は今、クロエの代わりなのだ。

ベッドの上で眠るクライブは、私ではなく、過去の誰かにすがっていた。

頬に残る彼の手のぬくもりが、じわりと心に沁みる。

だけど、それは私へのものじゃない。

それでも私は、その手をそっと握り返した。

──今だけでも、あなたの傍にいさせて。

「ええ、行かないわ……」

囁くように告げると、クライブの表情は安らかになった。

まるで愛しい人の名を呼びながら、夢の中に沈んでいくように。

私はその隣で、声もなく目を伏せた。

静かに肩を震わせながら、彼の温もりにすがるしかなかった。

そして私はナイトウェアに着替えて、そっとクライブの隣に滑り込んだ。

眠る彼の腕に、自分の体を委ねる。

きっと、この腕の中だけが、私に許された場所。

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