売られた令嬢、冷たい旦那様に溺愛されてます
クライブの何気ない一言に、私は思わず息を呑んだ。

──クロエ。それは、彼の奥さんだった人の名前だったはず。

あの優しい女性。幸せそうに夫の隣にいた、あの姿を思い出す。

私はそっと棚の上に手を置き、ぎゅっと握った。指先に力が入る。

「そうね……」

なんとか声を絞り出す。

「嫁入り前に、ベッドカバーに薔薇の刺繍をするのが、この国の女の喜びだから。」

笑顔を作ったつもりだった。でも、それは自分でも分かるくらい、ひどくぎこちなかった。

クライブは気づいていない。

このベッドカバーが、ただの趣味ではないこと。

針に込めた想いが、どれほどの重みを持っているのか。

それが“誰かの妻になる”という願いと、どれほど深く結びついているのか。

私は、その場から動けなかった。
棚の前で、ただ立ち尽くす。

──完成させて、どうするつもりなの?

使う日なんて、来るの?
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