【マンガシナリオ】私を振った先輩が、大学では後輩になって溺愛してくる~保育科の優しい王子様は、暗闇の世界の冷徹な王でした~
第5話
〇聖人が住んでいる超高級マンションの寝室(朝)
苺が朝目覚めると、目の前に聖人の胸元が見えて、苺の頬が赤くなった。
苺(そうだった、ベッドはひとつしかないって言われて……)
聖人は手触りの良い高級なシルクのパジャマを着ているけれど、右の鎖骨のホクロが見えるくらい胸元が着崩れている。
まだ眠っている聖人の腕でガッシリと抱きしめられているため苺はあまり動くことができない。
頭だけ動かして聖人の顔を見る。
聖人は寝ていても整った顔をしていた。
苺モノ『私が怖がったり嫌がったりするような事はしないって聖人くんは言ってくれたけど』
ドキドキしている胸のあたりを苺はギュッと掴んでいる。
苺(朝から心臓に悪い……)
〇大学内の女子トイレ
鏡の前で美人な女子大生数人が話しながら化粧直しをしている。
モブ女子大生1「今日の授業、桜城くんと一緒だった~」
モブ女子大生2「いいなー、私もそれ選択すればよかった」
モブ女子大生3「桜城くんいいよね。飲み会でたくさん飲ませて持ち帰りたいな~」
モブ女子大生1「優しいから強引に迫れば流されてくれるかもしれないよね~」
彼女たちの近くで、苺は手を洗っていた。苺のすぐそばにののかもいる。
苺(凄い会話してるなぁ……)
〇読み聞かせサークルが使用している大学内の一室
苺がサークルに行くと、先に来ていたののかの隣で日向が、ズーン、と落ち込んでいた。
苺「どうしたの?」
日向「来週から……ピアノの授業が始まるんだ……」
ののか「弾けないって言うから教えようかっていったのに、ののかには絶対教わりたくないっていうんだよぉ。失礼だよねぇ」
日向「教える代わりに合コンセッティングしろとか言うからだろ」
日向は苺の手を両手で包むように握り、神に祈るような姿勢で懇願する。
日向「頼む苺。俺にピアノを教えくれ」
苺「授業の空き時間でよければいいよ。練習室って予約すれば使わせてもらえたよね」
日向「苺様、神。今度メシおごります」
すると苺の手からさりげなく離すように日向の手を取り、聖人が日向の手をギュッと握りしめた。
聖人「やだなぁ日向先輩。俺だったらメシなんておごらなくてもいつだって教えますよ」
日向「お、おう……」
王子様のようにキラキラした微笑みを向けられ、日向の胸がドキンと跳ねた。
周囲のモブ女子大生たちは、聖人の笑顔に歓声を上げている。
ののか「聖人くんピアノ弾けるんだー」
聖人「中学卒業してから習いました」
ののか「ほんと完璧な王子様だねぇ」
苺(私の前からいなくなったあとの聖人くんの事、全然知らないな……)
日向「俺は高校時代野球しかしてなかったなー」
ののか「そういえば、なんで日向ってこの学科選んだの? 女子が多いから?」
日向「ちっげーよ! 俺が保育士を目指すようになったのは苺の影響!」
苺「私の?」
日向「そうだよ。高校でさ、将来の職業について考える授業とかあるだろ? そういう時にいっつも苺が目をキラッキラさせて保育士のやりがいや魅力について語るもんだからなんかいいなー、って」
苺「そうだったんだ、初めて聞いた」
ののか「高校かー。行事命で遊んでばっかだったなー。聖人くんはどうだった? なんか文化祭とか体育祭とかの行事でいつも注目されてそう」
聖人「高校は通信制でしかもほとんど通学せずに卒業できるとこ選んだんで、行事の思い出とかで話せるような事ないんですよ」
寂しそうに微笑んだ聖人だったが、すぐにニコ、と笑みを浮かべた。
聖人「だから俺の話はこれでおしまい」
苺(いなかった間のこと、あまり聞かない方がいいのかな……)
〇聖人が住んでいる超高級マンション
ダイニングテーブルに並んでいるのは、苺が作った生姜焼きときんぴらごぼうとキュウリの酢の物、そしてご飯とみそ汁だった。
苺(この部屋の雰囲気にまったく合わない地味な献立だけど、こんな感じでも聖人くん大丈夫かな……)
苺は心配していたが、一緒に夕飯を食べた時に聖人が「美味しい、俺これ好き」と目を輝かせて完食し、「ごちそうさま」と言ってくれたので安心した。
ふたりで並んでアイランドキッチンに立って、泡で洗う係と濯ぐ係になり一緒に食器を洗う。
すると少し不満そうな表情で聖人が話し始めた。
聖人「なぁ、昼間のピアノの件だけど。ああいうの断れよ」
苺「日向の話? どうして?」
聖人「練習室って個室で防音だろ? 窓があっても死角はあるし、そんな場所で男とふたりきりになろうとするなんて危機感なさ過ぎ」
苺「日向は私の事そういう対象として見てないよ」
聖人「そう思ってるのは苺だけ。男の方はいつだってシたいと思ってんだよ」
聖人(好きな女となら……)
苺(男の人は誰とでもいいってことかな……)
苺「聖人くんも?」
聖人「シたいよ」
苺「シたい……」
食器を両手で持ったまま、苺の頬が赤くなる。
キッチンの縁へ体重をかけるように手を置いて、聖人が苺の顔を覗き込んだ。
聖人「キスは……いいよな? 怖くないだろ?」
苺が小さく頷くと、聖人は優しく微笑み触れるだけのキスをする。
でも今回はそれだけで終わらず、一瞬だけ聖人は舌で苺の唇を舐めた。
その瞬間、苺の体がピクッと動く。
聖人「あとそれ洗ったら終わりだよな」
苺「うん」
苺に背を向け、聖人がリビングダイニングを出ていくためにドアの方へ向かう。
聖人「このあと俺、部屋で仕事するから。先に風呂入って寝てて」
〇大学内のピアノ練習室
アップライトピアノが一台置かれただけの小さな練習室で、聖人が日向にピアノを教えている。
ドアに設置されている小さな窓から、苺とののかはその様子を見ていた。
モブ女子大生1「ちょっと、早く場所かわってよ」
モブ女子大生2「見えな~い」
他にも多くの女子大生たちが見学に来ていて、苺とののかは押し出されてしまう。
練習の様子を見るのはあきらめて大学構内を歩きながら話す苺とののか。
ののか「聖人くん彼女がいてもさ~、実際にイチャイチャしてるとこ見てないからみんな諦めないんだよね~」
苺(実際には、彼女いないしな……)
ののか「平穏な大学生活を過ごしてもらうためにも私が女除けの偽装彼女になろうかな」
苺「偽装彼女!?」
ののか「そう、それをキッカケに、本命になるの。よし、がんばろ。苺も協力してね!」
苺「え、え!?」
ギュッと苺の両手を包むようにののかが手をつなぐ。
〇大学からの帰り道
苺(偽装彼女って……、ののか本気なのかな……)
苺が考え事をしながらひとりで歩いていると、声をかけられた。
千愛「あれー、苺ちゃんじゃない?」
声に気づいた苺が振り返ると、ベリーズで苺にヘアメイクをしてくれた千愛と三歳くらいの男の子、そして金髪の羅威がいた。
羅威はかさばる日用品を手に持っている。
苺「千愛さんと……運転手さん」※ベリーズ勤務の翌朝、聖人の家から車を運転していた金髪の男性は羅威。
ベリーズの店内で会った時とは違う千愛の素朴な雰囲気に苺は内心驚いている。
苺(千愛さん、可愛らしい人だな……)
千愛「あ、私なんかが外で話しかけたりしたらダメだったかな」
苺「いえ、お会いできてよかったです。先日はありがとうございました」
「あのあと行けなくなってしまってすみません」、と苺が千愛に頭を下げる。
苺「おふたりはご夫婦なんですね」
千愛「違う違う、私シンママだよ~」
三歳くらいの可愛らしい男の子が、千愛の脚にギュッと抱きつきながら苺の方を見ていた。
千愛「羅威くんに買い物つきあってもらってたの」
羅威が持っているトイレットペーパーなどを千愛が指さしている。
千愛「ところでさ、この前ベリーズで倒れた苺ちゃんのこと優聖さんが連れ帰ってたけど、ふたりってどういう関係なの?」
苺「小さい頃の知り合い……です」
千愛「えー、それだけ?」
千愛の言葉に、苺はコクンと頷く。
苺(本当にそれだけだな……キスはされたけど、男の人はいつだってシたくなるらしいから誰でも構わない感じだし)
千愛「もしかして、羅威くんは何か知ってる? 優聖さんから苺ちゃんの話聞いたりとか」
羅威「優聖さんは『誰にも触れさせたくないくらい、大切すぎる存在』って言ってましたよ」
顔には出さないが苺は内心、感激してすごく喜んでいる。
千愛「えーなにそれエモいんですけど! やっぱり苺ちゃんは優聖さんの恋人ってこと!?」
羅威「それは違うかも。『妹みたいなもんだ』って言ってましたから」
千愛「えー」※不満顔
苺(妹……)
苺は内心かなり落ち込んでいる。
〇苺の母が入院している病院
ベッドの隣に置いてある棚に、苺と両親の家族写真が飾られている。
その写真を見つめて、苺は考えていた。
苺(保育士だったお母さんと園児だった頃の聖人くんの写真も見たことあるけど、ふたりとも笑顔だった)
苺(小学生のころも聖人くんと遊ぶのを反対されたことなんてない)
ペットボトルからコップへお茶をいれながら、苺は話し始める。
苺「お母さん、前にどうしてあんなこと言ったの?」
苺の母「あんなことって?」
苺「優木聖人くんのこと……彼氏にあの子だけはダメよって」
とたんに苺の母の表情が、厳しいものへと変わる。
苺の母「どこかで会ったの?」
苺「ううん、優木聖人くんには会ってない」
ほ……、と苺の母が小さく息を吐いた。
苺の母「お父さんはあの子の母親のせいで死んだの、それなのにあの親子は逃げて……だから許せないのよ」
苺「え……」
苺の手からペットボトルが落ちて、お茶が零れた。
