この音が、君に届くなら
最後の音が、ふたりの手元からすっと消えていった。

しばらく、どちらも何も言わなかった。
音楽室には、陽だまりと静寂だけが残っていた。

「……うまく、できたのか分かんないけど」

澪がぽつりとつぶやく。

「うん。オレも」

奏はそう答えながら、ギターを軽く撫でた。
ふたりとも顔は見合わせず、まっすぐ前を向いたまま。

でも、ふとしたタイミングで視線がぶつかる。

「でも……楽しかった」
澪がそっと笑った。

その一言に、奏の目元がわずかにやわらぐ。

「オレも。……久しぶりに、誰かと合わせた気がした」

言葉は多くないのに、不思議と通じている気がした。

「……また、やってみる?」

奏の問いかけに、澪は少しだけ間を置いてから、うなずいた。

「……うん」

その返事を聞いた瞬間、ふたりの間に流れていた空気が、ほんの少しだけ近づいた。

鐘の音が校舎に響く。昼休みの終わりを告げるチャイム。

「じゃあ、そろそろ戻ろうか」

奏が立ち上がり、ギターをケースにしまう。
澪もピアノの前からゆっくり立ち上がった。

音楽室のドアを開けると、そこには何もなかった。
でも、教室に戻る足取りは、昨日より少しだけ軽かった。
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