この音が、君に届くなら
音楽室の前の廊下で、桐原律は立ち止まっていた。

ドアの隙間から、静かに流れてくるピアノの音。
それに重なるように、ギターの音が乗っている。

(……マジか)

目を細めて、その音にじっと耳を傾ける。

ピアノの旋律はやわらかくて、少し不安定。
けれど、そこに寄り添うギターの音が、それを優しく包み込んでいた。

(奏……もう合わせてんのか)

思っていたより早い。
そして、思っていたよりも――しっくりきていた。

扉越しに聴こえる澪の音は、昨日よりも少しだけ前を向いている気がした。
奏と並ぶことで、そうなったのかもしれない。

「……先、越されたな」

ぽつりとつぶやいた自分の声が、廊下にやけに響いた。

別に、張り合うつもりなんてなかった。
でも――あの音を“また聴きたい”と思ったのは、奏だけじゃない。

律は手に持ったスポーツドリンクを見つめ、ひとつ息を吐くと、ドアには触れずに背を向けた。

(まあ、いい。バンドはこれから。タイミングは……まだ、ある)

自分のテンポで行こう。
焦るのは、らしくない。

そう思いながらも、胸の奥に残った“ほんの少しの悔しさ”だけは、素直に認めるしかなかった。
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