この音が、君に届くなら
午後の授業が終わり、教室がざわつき始めた頃。

澪は自分の席でノートを閉じながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。
あのセッションから数時間しか経っていないのに、もう何日も前の出来事みたいだった。

(……楽しかった、なんて、言っちゃった)

思い出すだけで、なんだかくすぐったいような、気恥ずかしいような気持ちになる。

そのとき。

「月島さん」

声をかけられて顔を上げると、そこには桐原律が立っていた。
昼の明るさとは違って、夕方の光を背負った律の表情は、少しだけ影を落として見えた。

「ちょっと、話せる?」

「……うん」

廊下に出ると、周囲の騒がしさが遠ざかり、ふたりきりの空気になる。

「音楽室、行ったんだね」

律はそう言って、少し笑った。

「うん。……ちょっとだけ、弾いてみたくなって」

「そっか。……奏と、合わせたんでしょ?」

澪は一瞬、言葉を詰まらせたけど、うなずいた。

「うん」

律は短く息を吐いた。それがため息だったのか、安堵だったのかは分からない。

「オレ、実は――あのとき、外にいた」

「え……?」

「扉、開けなかったけど……音は、ちゃんと聴こえてた」

そう言って、彼は真っ直ぐな目で澪を見た。

「すごく、綺麗だった。……でも、ちょっと悔しかった」

その言葉に、澪は少しだけ目を見開いた。

「……どうして?」

「わかんない。たぶん……オレも、あの中にいたかったのかも」

笑顔を作るように言った律の目の奥に、少しだけ揺れる光が見えた。
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