この音が、君に届くなら
「……そっか」

律の言葉を受け取った澪は、うまく返す言葉を見つけられなかった。
“悔しかった”なんて言われたのも、“あの中にいたかった”なんて正直な気持ちも、予想していなかった。

けれど、律の目は冗談でも軽口でもなく、まっすぐだった。

「奏のこと、どうこうじゃないよ。アイツの音、オレも好きだし。
 ただ――君の隣で音を鳴らせたのが、アイツだったのが……ちょっと悔しかっただけ」

「……桐原くん」

名前を呼ぶと、律は一瞬だけ驚いたように目を見開いて、それから少し照れくさそうに笑った。

「うん、なに?」

「……なんでもない」

心臓が少しだけ早くなっているのがわかった。
別に恋とか、そういう感情じゃない。――たぶん。

でも、「自分の音を誰かがちゃんと聴いてくれてた」。
それだけで、こんなにもあたたかい気持ちになれるんだと、澪は思った。

「……また、音合わせてくれる?」

その声に、律の表情がふわっと明るくなった。

「もちろん!今度はオレのドラムと。ピアノとドラムって、結構いいよ?」

「うん。楽しみにしてる」

澪はほんの少しだけ、笑ってみせた。
自分でも気づいていなかった小さな一歩が、音の中にまた踏み出されていた。
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