この音が、君に届くなら
放課後の音楽室。
昨日と同じ、窓際の光がやわらかく差し込んでいる。

澪はピアノの前に静かに座っていた。
扉が開く音に振り返ると、桐原律が少し息を弾ませながら入ってきた。

「……待たせた?」

「ううん、今来たとこ」

自然に返せた自分に、ちょっとだけ驚く。
昨日まではこんなふうに誰かを待つなんて、思ってもみなかった。

律はスポーツバッグを置きながら、スティックをくるりと回す。

「じゃあ、さっそく始めよっか。昨日言った通り、今日はピアノとドラムで」

「うん……よろしくね、桐原くん」

律はぱっと明るい笑顔を見せる。

「こっちこそ」

彼がドラムセットに腰を下ろすと、音楽室の空気が少し引き締まる。

「どんな感じの曲?テンポとか」

「ちょっとゆっくりめ。……静かなやつ」

「了解。じゃあ、リズムは任せて」

「……うん」

ふたりはそれぞれの楽器に向き直る。
澪が指を鍵盤に置くと、律がスティックを構えた。

「いち、に、さん……」

ゆっくりと、澪の旋律が流れ出す。
律のビートが、その音にそっと重なる。

ぎこちなくて、少し不安定。
だけど、ひとつひとつの音が確かに“届いている”と感じた。

(こんなふうに、誰かと音を合わせるの……)

胸の奥で、音とは違う鼓動が重なっていく。

(悪くない、かも)
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