この音が、君に届くなら
ひと通り弾き終えたあと、音楽室には静けさが戻っていた。

「……いいじゃん、めっちゃ合ってたよ」

律が満足そうにスティックを置きながら言った。
その声に、澪は小さく息を吐いた。

「……ほんとに?リズム、結構ずれてた気がしたけど」

「それは最初だけ。途中から、ちゃんと噛み合ってた」

「そっか……」

澪は、鍵盤に置いたままの手をそっと下ろした。
胸の奥にはまだ、さっきまでの音がほんのりと残っている気がした。

「なんかさ」

律がぽつりとつぶやいた。

「君の音って、静かなんだけど……ちゃんと届くんだよね」

「……え?」

「派手じゃないのに、耳に残る。たぶん、それが君らしさなんだと思う」

その言葉に、澪の心がふわっと揺れた。
一ノ瀬奏とは違う。まっすぐで、あたたかくて、どこか安心する声。

(こんなふうに、自分の音を聴いてくれる人がいるなんて)

「ありがとう……桐原くん」

「おう。どういたしまして」

律が照れ隠しのように頭をかく。

「これからさ、いろんな曲やっていこうよ。
 バンドって、そういうのが一番楽しいから」

「……うん」

それは“誰かと一緒に音を出す”ことへの、はじめての肯定だった。
澪は少しだけ笑って、ピアノの蓋をそっと閉じた。
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