この音が、君に届くなら
「……いい雰囲気だったな」

不意に、音楽室の扉がゆっくりと開いた。

「えっ……」

驚いて振り返ると、そこには一ノ瀬奏が立っていた。
相変わらず感情の読みにくい顔で、でも視線だけはしっかり澪に向いている。

「いつから……?」

律が問いかけると、奏はふっと目を細めた。

「途中から。……邪魔しないようにしてたけど」

「こっそり聴いてたってわけね」

律が苦笑いしながらスティックをケースにしまう。

奏は音もなく教室に入り、壁際に立てかけてあった自分のギターに目をやった。

「……ふたりの音、悪くなかった」

それは決して軽い言葉ではなかった。
澪はその声に、どこか不思議なあたたかさを感じていた。

「次は、三人でやってみない?」

律が言うと、奏は一瞬だけ澪の方を見た。
目が合う。けれど、すぐにそらされる。

「合わせられるなら」

それが奏なりの「いいよ」なのだと、澪はなんとなく分かった。

「じゃあ、次は三人で――」

律がそう言いかけたとき、廊下からチャイムが鳴り響いた。
放課後の終わりを告げる合図。

「……また今度、だね」

澪がそうつぶやくと、ふたりの男子はそれぞれ小さくうなずいた。

バラバラだった音が、少しずつ寄り添い始めている――
そんな予感だけが、静かに音楽室に残っていた。
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