この音が、君に届くなら
彼の声は低く静かで、けれどまっすぐだった。

「オレ、一ノ瀬奏。ギターやってる。バンド組んでてさ。
 キーボードがいたら、もっと広がると思った。君の音で」

言葉の一つ一つが、静かな教室に沁み込むようだった。

「……ごめん。いきなりこんなこと言われても困るよね。
 でも、なんていうか……音に嘘つきたくなくて。
 本当に、いい音だったから」

(なんで……)

知らない誰かに、こんなふうに言われるなんて想像もしていなかった。
胸の奥が、少しだけざわついているのがわかる。

「無理にとは言わない。もしまた、ピアノ弾きたくなったら――音楽室、いつでも来て」

それだけ言うと、一ノ瀬は静かに踵を返し、教室のドアを開けた。
夕方の光が差し込んで、その背中を淡く照らしていた。

澪は、その背中を目で追いながら、
自分の中でなにかが、そっと鳴りはじめているのを感じていた。
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