この音が、君に届くなら
「えっと……なんで、それを?」

澪が戸惑いながら聞くと、律は人懐っこく笑った。

「昨日、音楽室の前を通ったら、ピアノの音が聴こえてさ。
めちゃくちゃきれいで、誰だろうって思ったら、君だった」

(また、見られてたんだ……)

顔の奥がほんのり熱くなるのを、澪はごまかすようにうつむいた。

「……別に、うまくないし。弾くの、久しぶりだっただけ」

「それでも十分だったよ。あの音、なんかこう……ちゃんと届く感じがして」

律の言葉は、柔らかくてストレートだった。
誰にでも優しいようでいて、その目はしっかり澪を見ていた。

「実はさ、オレ、バンドやってるんだ。
 今、ギターとドラムで3人なんだけど……キーボード、欲しくて」

「……また、それ」

「え?」

「……一ノ瀬くんにも言われた。音楽室に来てって」

「あー……なるほど。あいつ、早いなあ」
律は少し驚いたように笑ったあと、真剣な声で続けた。

「でも、奏が言ったのも当然だと思う。
 君の音って、なんかね――話しかけたくなる音だった」

その言葉に、胸の奥がかすかに鳴った。
鼓動とも違う、けれど確かに“音”だった。

「……そんなふうに言われたの、はじめて」

「そっか。じゃあ、記念すべき第1号だね、オレ」

律は冗談めかして笑ったあと、小さく息をついた。

「無理にとは言わない。でも……またあの音、聴きたいな」
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