この音が、君に届くなら
次の日。
昼休みのチャイムが鳴っても、澪は教室から動けずにいた。
机の上には、開きかけたお弁当と、昨日の楽譜ノート。

(……行かないって、決めたのに)

一ノ瀬奏の言葉が、何度も頭の中で再生される。
“また弾きたくなったら、音楽室へ”
あのときの目は真っ直ぐで、でも無理に押しつけてくるような強さはなかった。

そしてもうひとつ――
帰り道に出会った桐原律の声も、心の奥で優しく響いている。

「君の音って、話しかけたくなる音だった」

(話しかけたくなる音、なんて……そんなふうに言われたことなかった)

気づけば、手は自然とノートを鞄にしまっていた。
席を立ち、誰にも気づかれないように廊下に出る。

目指すのは、校舎の奥――音楽室。
数歩ごとに胸の鼓動が強くなる。

(ほんとに行くの……?)

足が止まりそうになるたび、昨日の声が背中を押した。

「……ちょっとだけ。見るだけ」

自分に言い訳するように呟いて、澪はそっと音楽室のドアに手をかけた。
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