この音が、君に届くなら
静かな音楽室に、澪の奏でる旋律が満ちていく。
最初はおそるおそるだった指も、少しずつなめらかに動き始めた。
音が重なるたびに、張りつめていた何かがほどけていく気がした。

(……音って、こんなに優しかったんだ)

ふと、自分の指先から流れる音が“今の自分”に重なっているように感じた。
不安や寂しさ、不器用な気持ち――すべてが音に溶けていく。

そのとき。

「……やっぱり、君だったんだ」

低く静かな声に、澪の手が止まった。
驚いて振り返ると、扉の近くに一ノ瀬奏が立っていた。

「ごめん。勝手に聴いてて。
 でも……やっぱりすごい」

奏はゆっくり歩いてきて、澪の隣に立つ。

「どうして、来たの?」

澪はそう尋ねながらも、自分の心臓が早くなっていくのを感じていた。

「音楽室に顔出そうと思っただけ。……正直、君が来るとは思ってなかった」

「私も、来るつもりなかった」

そう返すと、ふたりの間にふっと小さな笑いが生まれた。

「弾いてくれて、ありがとう」

その言葉は、昨日の教室よりもずっと近くて、澪の胸にじんわりと染み込んでいった。

< 7 / 99 >

この作品をシェア

pagetop