この音が、君に届くなら
「……すごいな」

奏がぽつりと呟いた。

「何が?」

澪が問い返すと、彼はピアノの横にあるギターケースを指差した。

「オレ、今それ持って来てたんだ。昼練するつもりで。でも、弾く気がなくなった。
 君の音で、もう充分だったから」

そんなの、きっと言いすぎだ。
だけど不思議と、嫌な感じはしなかった。

「……弾けばいいのに」

思わず澪はそう言っていた。

奏は少し驚いたように目を丸くして、それからふっと笑った。

「じゃあ……合わせてみる?」

「……え?」

「今の曲。コード、合わせてみるだけでいい。ちょっとだけ。やってみよう」

唐突な提案に戸惑いながらも、澪はなぜか首を縦に振っていた。
さっきまで、自分でも怖がっていた鍵盤に。
ほんの少し、心を預けてみたいと思った。

奏が椅子に座り、ギターを構える。
細くしなやかな指が、コードを押さえた瞬間――
その音は、思っていたよりずっと澄んでいた。

「せーの、なんて言わないよ」
奏がぼそっと言って、笑う。

澪は小さく笑って、鍵盤に指を置く。

ふたりの音が、ゆっくりと重なり始めた。
< 8 / 99 >

この作品をシェア

pagetop