悪女の私を、ご所望なのでしょう?

10-綻びはじめた嘘

 そして数日後。
 学園がお休みの日に、メイベルさんは本当に我が家に仕事をしにやってきた。

「おはようございます~!」

 表玄関から。

「……さすが、成績優良者ね……」
「は、はは……」

 そう言いながら、お母様と侍女長はメイベルさんを迎えに表玄関へと向かっていった。
 私は顔を出さないようにと言われていたから、ひとまず自室にいる。
 そして実は、お母様から密命をもらっていた。

 ――盗られてもいい宝飾品だけを表に出しておくこと。

 さすがに考えすぎなのでは、と思いつつ、私はそれに従い部屋に置いている大事なものをせっせとしまうことにした。
 私の部屋は貴族令嬢にしてはさほど大きくなく、そしてさほど豪華ではない。
 これはお父様やお母様が質素倹約を大事にしているから。
 お父様は昔から公爵家の一員だったものの、お金に苦心して落ちぶれていく親戚をたくさん見てきたんだとか。
 そしてお母様は元王家の参謀。
 一世代前の王家の財政を上向きにし、今の王家の余裕あふれる生活を作った人が、浪費を許すわけもない。
 公爵家としての外面はしっかりと保ちながらも、無駄なお金は使わない。
 それがオストガロ公爵家のモットーなのだ。
 そんな私が、宝飾品などあまり持っているはずがなく、『盗られてもいい宝飾品』なんてないのだけれど……

「あ……でもこれなら……」

 思案に耽りつつ辺りを歩き回っていると、ふと視界にあるものが入った。
 ブリリアントカットを施され、ひとたび光があたれば全方向に輝きを反射させる――ガラス。
 そして、そんな色付きガラスが何種類も。

「子供のとき、私が宝石をお母様にねだって、貰ったものだわ」

 思い出はあるけれど、宝飾品としての価値はない。

「なんだか少し寂しいけれど、これを置いておこうかしら」

 そうして私は、宝石箱の中をすべてガラスでいっぱいにし、私にしか開けない裏の収納へそのほかの宝飾品をしまいこんだ。

 ――でもさすがに、メイベルさんもそんなことはしないと思うのだけど……

 明らかに友好な関係ではないにしろ、騙すような心地がして少しだけ罪悪感が芽生える。
 でも、この罠にひっかからなければいいのだから。メイベルさんがちゃんとした人間であることを望もう。
 そう気持ちを切り替えた私は、準備を終えて部屋を出た。
 今日は王妃殿下の茶会に誘われているのだ。
 玄関を出る前に、姿見でざっと自分の姿を確認する。
 王妃殿下にお呼ばれしているのだから、貧相な格好ではいけない。
 シンプルなプリンセスラインのドレスには、華美にならない程度にレースや装飾が入っている。
 これも、お姉様のお下がり。
 でも少し動くだけでふわふわと雲のように動くから、とても気に入っている。

「メイクも侍女長に仕上げてもらって、アイリーヌ様おすすめのお菓子も持ったから……よし、これで大丈夫」

 そうして玄関を出た私は、出てすぐのところで待機していた馬車に乗り、王城を目指した。
 

 ***

「ねえエレーヌさん。最近あなた、ずいぶんと節約するようになったわね!」
「…………はい?」

 王城の中庭に設置されたガゼボ。
 春の陽光にさらされて周囲の花々が綺麗に咲き誇る中、身に覚えのないことを言われて、思わず首を傾げてしまった。
 目の前には、目尻に涙を湛えて、とても感激している王妃殿下。
 そして私は、茶会と聞いていたからほかにもたくさんのご令嬢がいると思っていたのに、実際は一対一でとても緊張していた。
 そしてこの第一声。
 戸惑わないはずがない。
 私が呆然として声も出せない中、王妃殿下は身を乗り出して私の手を握った。

「もう豪華な品々を集めるだなんて趣味が落ち着いてよかったわ! ディルの予算も決まっているのにとんでもない勢いで減るものだから、私ハラハラしちゃって!」
「え、えーと……?」
「これで臨時のお小遣いをひそかに渡すこともなくなりそうで、安心したわ!」
「ちょ、ちょっとお待ちになってくださいまし、王妃殿下」

 ぎゅっとテーブル越しに握られた手を落ち着かせるように、私は王妃殿下の手をテーブルの上に下ろす。

 ……まさかとは思うのだけれど、いや、そんなまさか……

 私は辺りに目をやり、近くに誰もいないのを確認する。
 そして、限りなく声をひそめて、口を開いた。

「もしかして……国王陛下かディル殿下から、お話をお聞きになってはいないのですか……?」
「お話って?」

 きょとんと目を丸くする王妃殿下。
 この反応、そして先ほどの言葉。
 おそらく王妃殿下は、ディル殿下がメイベルさんではなく私を正妃にしようとしている、と思い込んでいる。
 たしか、王妃殿下はメイベルさんとお会いしたことがある。
 しかし正妃にするのは反対で、あくまで愛人として囲うように、と言っていたはず。

「メイベルさんのこと……ですけれど」
「あら、彼女のことなら旦那……国王陛下から聞いているわ。ディルは彼女のことを諦めて、王族としての責務を優先することにしたのでしょう?」
「…………は」

 思わず王妃殿下の前だというのに、頭を抱えてしまった。

 ――あの父子、揃いも揃ってとんでもない人だわ!!

 自分の中で、王家への信頼度がどん底まで落ちていく。
 しかし王妃殿下は言わば騙されているほう。彼女には本当のことを伝えなければいけない。
 ついに戸惑いの表情を浮かべ始めた王妃殿下を前に、私は居ずまいを正すと、コホンと咳払いをした。

「王妃殿下のお言葉をくつがえすようでたいへん申し訳ないのですが、私は婚約してからこれまで、ディル殿下から何もいただいておりません」
「…………え?」

 王妃殿下のお顔がピシリと固まる。
 震えた手で紅茶のカップを持つも、手の震えのせいで辺りに紅茶の雫がとびちり、クロスに汚れをつけていた。

「そしてこれはまだ憶測なのですが……ディル殿下はメイベルさんを正妃にしようとしております」

 その言葉を聞くなり、王妃殿下はカップに口をつけずにガシャンとソーサーに置いた。
 どちらも欠けなかったのは、カップとソーサーが王族御用達のブランドのもので、とても頑丈だからだろうか。

「なるほど……」

 王妃殿下はそう言い、居ずまいを正した。
 眉間には深い皺が刻まれている。
 そして彼女が手を上げると、一人の侍女がやってきた。胸元につけられたバッジを見るに、王妃殿下のもっともそばにいる侍女頭だろう。

「話を聞かせてちょうだい」

 そう言った王妃殿下の眼光は、怒るお母様を彷彿とさせるほど、鋭かった。
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